返事
それから小一時間ほど、「いかにイーヴィーが可愛いか」をマイルズから聞かされた。
ただのノロケだった。
普通げんなりするところだが、日頃ライラから鍛えられているため、クラーラは聞き上手だった。
「でね、何が可愛いかって、やっぱりあの顔なんだよ。語弊を恐れずに言うけど、私はイーヴィーの顔が本当に好きなんだ、特にあの笑顔! ふにゃあ、て感じの、蕩ける笑顔」
「分かります、無条件の可愛さですよね。ついこちらまで笑顔になるような」
「そう! そうなんだよ! さすが君、分かってるね」
マイルズは心底嬉しそうに言った。
普段クールなマイルズに、このような一面があったとは本当に驚きだ。
「イーヴィーよりも美人な女性はいる。君のお姉さんとかね、完璧な美人だと思う。けどね、イーヴィーの『可愛さ』は唯一無二だ」
あら、ライラだって唯一無二よと、そこは身内びいきに思ったクラーラだが、マイルズがあまりに嬉しそうに話すので、ひたすら相づちを打っておいた。
どうやらマイルズは、ノロケ話を聞いてくれる相手に飢えていたようだ。
普段のマイルズは知的クールなキャラで通っているため、このようにデレデレした顔は固く封印しているのだろうし、しかもノロケの対象はイーヴィーなのだ。
「顔がいいだけ」と多くの女生徒に妬まれているイーヴィーの「顔が好きなんだ!」と声を大にしては言いづらいのは、よく分かる。
火に油を注ぐようなものだし、やっぱり顔じゃないかと思われるのも不本意だ。
「……マイルズ様は、本当にイーヴィーのことが好きなんですね」
ノロケが一段落して少し息切れ気味のマイルズに、クラーラはしみじみと述べた。
「ああ。君もだろう? この学園で唯一の、イーヴィーの友人だからね。今更になるが、ありがとう。感謝してるよ」
マイルズから向けられた、真っ直ぐな感謝に、クラーラは胸を貫かれた。
夏季休暇前なら、何のためらいもなくハイと言えた。
イーヴィーを好きで当然だった。
でも今は……
あえて揉めるのが嫌で、ロバートの件には触れないまま、表面的には変わらない態度でイーヴィーに接しているが、少し距離を置いている。
イーヴィーのことが好きかと聞かれたら、複雑な気持ちだった。
マイルズにぎこちない笑みを返し、ようやく解放されて生徒会室を出た。
イーヴィー本人とちゃんと向き合って話し合え、などと偉そうにマイルズに意見したが、それができていないのはクラーラ自身だった。
その後マイルズがイーヴィーと話し合ったのか、話し合わなかったのか、クラーラには知る由もなかったが、着実に月末は訪れた。
ライオネルからのプロポーズの返答期限だ。
どちらにしろ会って返事をするという約束だったので、王都へ出て来たライオネルと外でお茶をした。
「……申し訳ございません……私では、リヴィングストン家の夫人は務まりそうにないという判断に至りまして、せっかくの良いお話でしたが……」
貴族御用達の高級茶屋の人払いをした個室で、胃が痛くなるほど練習した言葉を述べたクラーラに、
「そうかぁ」とライオネルは落胆の声を漏らした。
「もしかして、姉が失礼なことを言ったから気を悪くしてしまったかな」
「あっいえ、お姉さまはニコニコしてらして、気さくでお優しそうな方で……」
「じゃあレイが何か生意気を」
「いえ、全然! レイくんもヴィヴィちゃんも本当に可愛くって良い子で……問題は、私なんです。私に覚悟が足りていなくて、ふんわりした気分のまま……いざ現実的になったら……自信がなくて、不安だらけで」
クラーラの話の着地点を見定め、ライオネルは「大丈夫です」と言い切った。
「始まりは不安で当然です。私は、不安だらけでふんわりしたクラーラさんに、そのまんまで来てもらいたいです。全力でサポートします。姉の訪問も遠慮願いますし、他にも何かあれば、何でも言ってください。遠慮なく」