溺愛
父親を説得してみせると自信満々のライラだったが、意見が折り合わず、大喧嘩になった末に捨て台詞を吐いて家を出て行ってしまった。
当分チャーリーのところから戻って来ないだろう。
ライラとの喧嘩を引きずった父親は、クラーラのお見合いよりもそちらに頭を抱えている。
とりあえずライラに言われた通り、学業に身を入れ直そうと思ったクラーラだったが、何故かまた生徒会長のマイルズから呼び出された。
クラーラとマイルズの接点といえば、イーヴィーしかない。
嫌な予感がする。
「先日はどうも」
「……いえ」
「例の、イーヴィーが地元デートしていたという人物だが、どうやら兄だったようだ」
「はい」
それをわざわざ私に報告?
しかもこんなに日を置いてから?
クラーラは怪訝に思ったが、顔には出さなかった。
しかし何か言わなくては。空気が重い。
「……それは良かったです、誤解が解けて」
「いや、新たな疑惑が生まれた」
「……?」
「目撃者によると、普通の兄妹とは思えない雰囲気だったそうでね。現地に人を送って、兄妹を知る人々に聞き込みをしたところ、様々な証言が取れた」
クラーラはぎょっとして、目をみはった。
現地に人を送って、聞き込み……
そこまでやるのかという驚きと共に、話の続きに固唾を呑んだ。
その証言って、まさか……
「あの兄妹はデキているんじゃないかと噂されていたことがあるらしい。年頃になってもベタベタと仲が良く、互いに恋人ができるのを牽制し合うような言動もあったそうだ」
唖然としてしまったクラーラだが、何か言わなくてはという義務感に駆られた。
「そっ、それはまあ、思春期にありがちな? 仲のいい兄妹ゆえの……ヤキモチ?……のようなもので……、それほど大袈裟に捉えることでもないかと思いますっ」
いいい言ったぁ。
マイルズ様に反論してしまった!
極度の緊張で指先が痺れてきた。心臓はバクバク、視界はぐらぐらする。
静かに大混乱しているクラーラを、マイルズは深緑の瞳でじっと見つめ、
「そうかな?」と返した。
「確かに噂は無責任なものだと知っているが、火のない所に煙は立たぬとも言うし。何かしら、疑われるようなことはあったと考えるのが妥当だよね」
蛇に睨まれた蛙のごとく、クラーラはもう口がきけずにいた。
最上級生で生徒会長で公爵令息であられる、マイルズ様の圧は半端ない。
このご令息相手に、「もう、マイルズったらぁ」「つめたーい、プンスカっ」とかできるイーヴィーはやはり次元が違う。強すぎる。
「だからこそ、君に確認したくて呼んだ。適当な噂を流す人間ではなく、信頼に値すると思っているからね。正直に本当のことを話してほしい。イーヴィーの実家にいた間、イーヴィーと兄のロバート卿との間柄はどうだったかな。いま思い返せば、怪しく感じることは無かったかな?」
口がきけなくなっているクラーラに、マイルズは諭すように言った。
「黙っているのは、君のためにならないよ。もし君の情報が有益なら、礼は惜しまない。良い結婚相手を紹介しようか?」
クラーラが婚活していることを知られているようだ。
「わ……私の話を鵜呑みにされるよりも、イーヴィーに直接お聞きになれば……きっと、ちゃんと話し合えば、お2人の話し合いで解決されます……」
「どうしても言えないと? イーヴィーは良い友達を持ったね。けど君ね、それじゃあ、私は何か隠してますと白状してるようなものだよ」
「やっ、ち、違います。誰が何と言おうと、どんな噂や証言を聞こうと、結局は、マイルズ様がイーヴィーを信じられるか、られないか、じゃないでしょうか。というかっ、信じたいからこそ、このように情報を集めていらっしゃるんですよね……」
アドレナリンが分泌しすぎて、絶対に言ってはいけないことを口走ってしまった気がする。
クラーラは焦った。
まさか気弱なクラーラが偉そうに説教を返すとは、マイルズも予想だにしていなかったのだろう。
鳩が豆鉄砲を食ったような呆気に取られた顔をしている。
非常に、まずい。
「……そっ、そうなんだよ! わ、分かってくれるのかい」
マイルズが興奮した声を上げた。
「信じたいんだよ、私は。信じたいから、安心したいからこそ、疑心暗鬼になってしまうんだ。なぜならイーヴィーを愛しているからね。イーヴィーが可愛くて可愛くて仕方ないせいで、心配が尽きないんだ。だってあんなに可愛いんだ、心配にならないなんて無理だろう?」
マイルズの豹変ぶりは今日1番の驚きだった。
え……、クールなマイルズ様はいずこへ?