姉とその婚約者
「ねえクラーラ、空色のジュエリーボックスに入ってるお花のブローチ、今夜のパーティーに貸してくれない?」
久しぶりに顔を合わせる姉が、学園から帰ってきたクラーラに言った。
4つ年上の姉のライラは、月の半分は婚約者の家へ行っていて、実家にいても買い物や茶会、観劇や文学サロンに顔を出したりと、とても忙しい人だ。
今日は夜会に出るらしい。婚活ではなく、夫婦で出席して社交を広めるタイプのものだ。
「また私の部屋に勝手に入って」
「前に借りた本を返しに入ったのよ。そしたら見慣れないジュエリーボックスが目を引いちゃって。見たら、すごい素敵なブローチが入ってるじゃない。これはぜひ借りたいなと。だって今日着るドレスにぴったりだもの。今日のドレスね、可憐な清楚系で決めてくれってチャーリーのリクエストでね、なーんか私に似合わなくて」
ツッコミどころは随所にあったが、まずは「前に借りた本っていつのよ」だ。
才色兼備の完璧な美女だと思われているライラだが、家庭ではルーズで、予定が無いと昼すぎまで寝ていたり、身内に借りたものは自分の物にしてしまうことがある。
「駄目。ライラに貸すと返ってこないから」
「ケチー。あ、分かった。あれって恋人からのプレゼント?」
「恋人なんていないわ」
「聞いたわよ、お見合いした伯爵といい感じなんですってね。その伯爵からのプレゼント?」
「違うわ」
「じゃあ誰よ」
「仲のいい友達のお兄さん……妹がお世話になってるお礼にって」
「へえ〜、妹想いなのね。ていうか随分気前が良いのね。私もその妹と仲良くしたいわ」
冗談めいてライラが笑った。
「ライラはチャーリーに言えば何でも買ってくれるわよ」
「それは嫌よ。チャーリーのお財布は私のお財布になるんだから。そこから無駄使いはできないわ」
ちゃっかりしている。この姉と、姉のお尻に敷かれているチャーリーに任せれば、実家は安泰だ。
ライラの婚約者のチャーリーは、国王の母親の妹の孫で、国王と血は遠いが親戚だ。
ライラたちの父親と同じく、王城の事務方で勤めている。
二十代半ばにして少しぽちゃっとした肉付きと、広めの額。
絶世の美女と称賛されたライラには、色んなタイプのイケメンが我こそはとアプローチをしたが、最終的にライラが選んだのはチャーリーだった。
「結局、家柄に負けたな」
「いや金だ」
「鉄の女と言われたライラ嬢も結局は卑しいもんだな」
ライラに振られた男たちは悔し紛れにこぞって悪口を言ったが、負け犬の遠吠えにしか聞こえなかった。
クラーラが、ライラにチャーリーのどこが良かったのか尋ねると、こう答えたからだ。
「顔。笑顔よ。チャーリーのぴんぴかの笑顔を見ると、幸せな気持ちになるの。あとね、食べ物を本当に美味しそうに食べるところ。見てるとチャーリーごと食べたくなるの。それとね、裏表のない真面目な性格も好き。猫好きなところも気が合うし、ちょっととろくさいところも愛しいの。不器用なのに頑張りやさんだし、可愛くて」
それまでに見たことがないくらいだらしないニヤケ顔をしている姉を見て、クラーラはチャーリーの良さを認めた。
そして姉のことを一段と好きになったのだった。
自信満々にライラに言い寄ってくるイケメンたちの中には、クラーラに対しては嫌な態度を取ったり、ライラと親しくなるための踏み台と見なす者もいたが、チャーリーは違っていた。
ただただマイペースで天然で、異質だった。
そこが良かったのだろう。
姉も変わり者だ。
夕方、噂のチャーリーがばっちり決めこんでライラを迎えに来た。
周りにどう見られようが、とにかく幸せそうな姉カップルを目の当たりにすると、正直羨ましく感じる。
私には手に入らないであろう未来……2人の姿に自分を重ね合わせたとき、クラーラはばっと頭を振った。
想像したのは、ライラと同じ色のドレスをまとい、胸元にあのブローチを着け、隣でエスコートするのは………
「なんでロバートさんなのよ」
あり得ない想像だった。




