デイジーの花言葉
「素敵なお庭ですね」
何重もの薔薇のアーチをくぐり抜け、小さな白い噴水と庭用のテーブルセットがある場所へ着いた。
ロバートはノースモア家への称賛を世辞的にいくらか述べたあと、本題に戻した。
「で、改めまして……クラーラさんへの贈り物です。どうぞ受け取ってください」
再度差し出された小箱をクラーラは丁寧に受け取った。
「本当に、わざわざありがとうございます。開けてみても?」
プレゼントを受け取る際の無難な返しをすると、ロバートは嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、もちろんです」
銀色のリボンを解き、空色の小箱を開けると、予想どおりブローチが入っていた。
白くツヤツヤと光るドロップ型の白蝶貝が1枚1枚の花びらとなり、大粒のイエローダイヤモンドを取り囲み、大輪のデイジーとなっている。
「素敵……」
考えるよりも先に口に出てしまうほど、素敵な品だった。
「お気に召していただけましたか?」とロバートが言った。
「ええ、……でも、こんな高価なお品をいただくわけには」
「クラーラさんをイメージして作った品ですから、クラーラさん以外の人には似合いません。クラーラさんが貰ってくれないと行き場に困ります」
ロバートが本当に困ったような顔をしてみせるので、クラーラは「では、ありがたく頂戴いたします」と丁寧に頭を下げた。
「デイジーの花言葉、知っていますか?」
「いえ……」
「希望。平和。美人。純潔。あなたと同じ気持ち、です」
とロバートは言い、顔を上げたクラーラを真っ直ぐに見つめた。
唐突に浴びせられた美しい言葉の数々と、情熱的な視線に、クラーラはうろたえた。
「クラーラさん、僕のことをどう思いますか? 今、クラーラさんが僕と同じ気持ちなら嬉しいのに」
でっ、出た思わせぶり!とクラーラは思った。
これこそもう好きだと言っているようなもの、だけど、実際は言っていないという。
ええい、騙されるものか。
クラーラは気を引き締め直した。
「あ、あの……イーヴィーから聞いてご存知かどうか知りませんが、私……別の方とのお見合い話が進んでいて……」
「ええ、聞きました。聞いたからこそ、焦って飛んで来たのです。グズグズしていては他の男に取られてしまうと。女性に対してこのような行動力が備わっていたとは、僕自身が驚きです」
なんって口が上手いんだろう、演技達者なんだろうと、クラーラは苛立ちさえ覚えた。
ロバートが口にする、歯の浮くような台詞は全て、イーヴィーが書いた脚本なのに。
そう知っていながら、ふわふわと地面から足が浮き立つような、生まれて初めての感覚に、心もとなさを覚える自分が歯がゆい。
「クラーラさん、好きです。僕と結婚してください」
クラーラの心臓は止まりそうになった。
なんてひどい嘘をつくんだろう。
愛する妹のためには平気で嘘を吐けるのね。
「いっ、嫌です。ロバートさんが愛しているのはイーヴィーですよね。わ、私聞いたんです、夜にリマー子爵家で。ロバートさんとイーヴィーが話していたのを」
とうとう言ってしまった。
わざわざ揉め事を起こすのを避けるべく、胸にしまっていたのに。
吐き出さずにはいられなかった。
しかし大ごとにしたくない気持ちは変わらない。
顔色を失うロバートにはっとして、クラーラは慌てて言葉を付け足した。
「でっ、でも他言はしません。誰にも話しませんから、安心してください。とにかくそういうわけで、私はロバートさんとお付き合いできません。男嫌いだからイチャイチャしなくて済む、という理由で選ばれても、正直……馬鹿にされているとしか思えません」
いいいっ言ってやったわ。
言い過ぎたかしら?
「……イーヴィーには、ロバートさんが私を振ったことにしてくれれば良いですよ」
「僕は……」
言葉を失っていたロバートが意を決したように口を開いた。
「本当に、クラーラさんのことが好きなんです。イーヴィーのことは愛していますが、それは純粋に兄としてで……」
この期に及んでまだ言うのかと、クラーラは首を横に振った。
「信じられません。この目で見ましたから。この辺で失礼いたします。このブローチはお返しを……」
「いえ、これとそれは別で。イーヴィーに良くして下さったお礼の気持ちです、それだけでも信じてもらえると嬉しいです」
失礼いたしました、と頭を垂れて帰るロバートの背中を見送った。
かちっとした服装をしていて最初はパリッと見えていたのが、ずいぶんしょぼくれて見えた。
えっなに、私が悪いの?
クラーラは何度もその姿を思い起こしては、自問自答した。
私が悪かったの?
私が間違っていた?
キッパリ言ってやってスッキリすると思ったのに、どうして何かにつけて思い出しては、こんなにモヤモヤするんだろう。




