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7・約束の5分前

「はぁぁぁ・・・」




大きな溜息をつきながら、恵太は事務所のソファーに思いっきり背中を預ける。

目を閉じると、疲労感からじんわりと体が重く沈んでいく感覚に陥る。



「なぁに、大げさな溜息なんかついちゃって。若いくせに」



テーブルに淹れたてのコーヒーを2つ置きながら、

チラリと恵太に目をやると、そう吐き捨てた女性。



諌山(いさやま) (いつき)



恵太の母親で、この芸能事務所の代表取締役社長。

ただし仕事では、旧姓のまま『姫川 樹』で通していた。


「だって、こっちの名前のほうが華やかだし。

諌山グループの力で仕事してるとか言われたくないし」

というのが理由だと言っていた。


そのため恵太の母親であることは、

事務所の中でもごく一部の人間しか知らない。

恵太もそのつもりで接していたし、実際特別扱いを受けたこともない。


自分自身も親の七光りと思われるのはまっぴらだった。



今は、雑誌の取材を受けた事務所の応接室にそままま2人。

記者たちが出て行ったあと残っていた。


そのためお互いかなり、地が出ている状態だった。


「うるさい。取材は苦手」


「そっちがうるさい。何が苦手よ。仕事選ぶなんて、100年早い」


テーブルを挟んだ向かい側のソファーに座り、

コーヒーを飲みながら、樹はぴしゃりと言ってのけた。


「分かってる。だから、選んでないだろ」


「だったら何が気に喰わないわけ?」



気に喰わない訳。




そう、ただ一つ。




「今日、合コンなんだよ」


ゆっくりと体を起こしながら、チラリと樹の様子を伺う。

事務所のイチオシモデルが、合コンなんて言い出したら

なんて言うだろうか。


「へぇ・・・、めずらしい。恵太が合コンねぇ。相手は?」


一瞬手を止め、恵太を見据えた後、

嘘らしい笑顔を作って

再びカップを口に運んだ樹。


どうやら向こうも様子を探っているらしい。


恵太は立ち上がり、冷蔵庫へ向かいながら答える。


「知らない。暁の友達らしい。どこかの女子大生だか、看護婦だったか・・・」


冷蔵庫から牛乳を取ってくると、

恵太用の大き目のマグカップに注がれたコーヒーに

たっぷりと加えた。


「ふぅん。どーでもいいけど」


「週刊誌ネタになるような行動はやめて、だろ」


樹の言葉を遮って奪った後、

カップを口に運んだ。


一方の樹は、きょとんとした顔をしたあと、

楽しそうに笑った。


「分かってるじゃない。じゃ、問題ないわね。

まぁ、アンタも青春真っ盛りなわけだし?

たまにはいいんじゃないの?」


恵太が、そういう場が苦手と知って

からかうように言った。


「ハイハイ。あ、だからメシ、今日いらないから」


最後にぐっとコーヒーを飲み干すと、

立ち上がり、ソファーに投げ出していた荷物を手にした。



「了解。泊まるなら連絡してよね。あ、あと相手は慎重に選んでよ?」


「・・・」


恵太は無言で樹を睨みつけると、

樹はそんな息子がおかしくてたまらないという風に

声を上げて笑っていた。



そんな樹を背に、部屋を出る。



携帯を見ると、すでに約束していた7時を

あと5分で迎えようとしていた。


と同時に、けたたましい数の不在着信と未読メールに気がつく。


どれもすべて暁だった。



「はぁ・・・」



不在履歴にずらりと並んだ暁の名前の中から適当な1件を選ぶと、

通話ボタンを押しながら歩き始めた。




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