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64.氷点 2

8畳ほどの控え室には長テーブルとパイプ椅子、

何の変哲もないソファーが無造作に置かれていた。

その箱の中で空調機の音だけが、やけに存在感をもって唸り声を上げていた。


郁と向かい合う形で座った泰次は、郁から差し出された数枚の写真を手に

背もたれへと体を預けた。

パイプ椅子に座り心地を求めやしないが、今日はその座面が一段と自分を拒絶しているような。

居心地の悪さに身をよじること数度。


それがなにも椅子のせいではなく、喉元から逆流してくる怒りだと気付いたとき

思わず笑みが零れていた。


黙って泰次の出方を見守っていた郁だったが、先に口を開いた。



「・・・驚いた。随分冷静なんですね。それとも・・・自棄やけ、ですか?」



視線を郁へと移動させると、まるで本心の分からない完璧な笑顔に虫唾が走った。



「・・・いえ・・・。なんだか随分舐められたもんだなぁって思って」



泰次は写真を軽く投げて郁へと返した。

まるでスケートを楽しむ子どものように、写真はスーッとテーブル上を滑り

思い思いの方向へ広がり、止まった。


そこに写るのは、紛れもなく恵太と亜子で。

亜子の部屋の玄関前で笑い合う二人や

揃ってアパートを出る姿、

辺りをを気にしながらも指を絡ませ合いながら歩く様子や

路上で軽くキスを交わす二人・・・。

どれも二人が特別な関係だと物語るには充分すぎるほどの証拠だった。



「あれ?ごめんなさい、ちょっとおっしゃっている意味が分からないんですが」



場不相応の笑顔を浮かべて、信じられないとでも言いたそうに

郁は両肘をテーブルへ乗せながら泰次を覗き込んだ。



「これ、週刊誌側からの提供じゃないでしょ。恐らく・・・そうですねぇ、

【誰か】が意図的に雇った探偵なり興信所なりに依頼して作らせた報告用の

証拠物なんじゃないですか?」


テーブルに対して横向きに座り、肩肘をついて

人差し指で無造作に広がった写真をトントン、と指して見せた。

【誰か】と発言するときは、しっかりと郁を射止めながら・・・。


「知ってました?諫山さん。週刊誌ってのはね、

掲載するものはゲラ版の段階か最終校正前後で僕らに回ってくるんです。


たとえゲラを過ぎて証拠を見せろといわれても、

こんなにおいしい決定打を相手側に渡す馬鹿はいません。


例え大手の事務所所属の男性アイドルグループが相手で、莫大な和解金なんかで揉み消しても

こんな乱暴な手の打ち方はしない。


もし本当にこんなマネをする編集者がいるならそいつは編集者やめたほうがいい。

一大スクープをみすみす捨てるんですから会社大損害ですよ。


ゲラの段階で別の記事で了承を取って、最終校正の段階で差し替えとかは

ま、よくある話ですけど。


それにしてもこれだけの大きなネタを例えあっちがデータを持っていたとしても

写真だけ渡すなんて考えられない」



一気に説明して、郁を見習い笑顔を手向けた。

ところが郁は表情一つ崩さずに、飄々(ひょうひょう)としながら、

ハハッと一つ笑った。



(いちいち癪に障るヤツ・・・)




「そもそもこの写真、家庭用のプリンタでプリントアウトしてますよ。

プロの仕事じゃない」



「・・・なるほど。どう違うんですか?」



「それは、企業秘密です。少なくとも俺の情報ではね。

教えたら諫山さん、すぐ使いそうだし」




そう言いながら小首を傾げて見せると

郁は楽しそうに続けた。




「さすが松浦監督だなぁ。経験者は語るってやつですか?

人脈も思った以上ですね。

さっき話した、助監督の彼もあなたの事務所の方たちも簡単に騙されたのになぁ」



そういって声を上げて笑う。

可愛らしいいたずらを見つけてもらえた後の子どものように。



「まぁ・・・あいつらはこういう経験ありませんから。経験値の差ってやつです」



こちらも負けじと余裕を湛えて微笑む。



「いいなぁ。何度か有名な女優さんとかと噂になってましたもんね」



「何度か、じゃないです。【何度も】です」



「わー!言うなぁ!!女性には事欠かれないようで羨ましいなぁ」



「そりゃどうも。そちらも端正なお顔立ちですから口で言うほど羨ましいことないでしょう」



もしも音声を抜きに二人を覗き見ることが出来たのなら

久々に会った旧友が言葉を弾ませているように見えたかもしれない。


しかし実際はどちらも一歩も譲らない張り詰めた空気の中で

不気味に笑顔だけが取り交わされていた。



「すみませんが単刀直入にお願いします。オトモダチごっこするには

どうやら僕たち合わないようだ」



先に均衡を破ったのは泰次。

体を正面へ動かし、真剣な表情で郁と対面した。

そんな泰次に、相変わらず微笑んだままの郁。



「・・・恵太の彼女は恵太の学校の英語科の教師です。

これが世に出たら大スキャンダルだ。

監督の推察の通り、これは僕が様子のおかしい恵太を不審に思って

調査させたものです。

将来有望な弟がこんなことで進路を絶たれるのを眺めるだけなんてできません。

害のあるものは駆除したいと思うのが家族でしょ?」



郁はテーブル上で遊ぶ写真を丁寧に集め、

それを眺めながら続ける。



「今後、スポンサーとして映画に参加させていただきます。

恵太のスケジュール含め、撮影状況を僕にも知らせていただけますか?」



やっと笑みの消えた郁の瞳が泰次を捕らえた。

青白い炎が宿っているようで、ゾクリと背筋が冷えていくのを感じた。



「・・・もし断れば?」



「・・・あなたは頭のいいひとだ。どうすればいいかなんて僕に聞く必要はない。

断られたって僕はなんだってしますよ」




またもや本当に忘れた頃の更新でごめんなさい。

しかもキリの悪いところでの書き逃げ。ありえません・・・(汗)。

それなのにアクセスを久々に覗きましたら、毎日信じられない数のお方が訪れて下さっていて・・・。

お一人ずつに謝罪とお礼に伺いたい気分です。



詳細は活動報告へ記載させていただいていますが何しろ言い訳です。

忘れず、ご贔屓くださいましてありがとう御座いました。


遅々としたお話で、お約束も出来ない私ですが

これからもお暇が許すときは思い出していただけたら幸いです。


※ 注意


今回週刊誌のネタを書かせていただいておりますが

内情を知らない私が、某週刊誌の編集者の友人からヒアリングさせてもらった内容を軸としています。

一般的な会社同様、様々な手法、プロセス、常識が存在しますし

交渉術も然りです。

これが全てではありませんし、モノヅクリの現場のプライドも色濃く出る現場だと聞きました。


今回はあくまでお話の一部として解釈し、読み進めていただけたら・・・と思います。


身勝手な書き手のお願いですが、よろしくお願いいたします。




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