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61.夏の終わり

(どうしたもんかな…)



薄暗い部屋のパソコンの前に座り、デスクに肩肘をつきながら煙草を燻らす。


幻夢のように掴み所ないまま姿を消す紫煙を眺めながら、

柾行はここ数日感じている消化不良のような後味の悪さに苛まれていた。



相手はただの一般人だ。

数日尾行しただけであっという間に

郁の知りたがっていた亜子に関する情報は集まった。



ただし。



『オトコ』が大問題だった。



マウスを動かし、数回クリックすると、画面いっぱいに亜子と『オトコ』の画像。

微笑み合っている、幸せそうなカップルの何気ない光景だった。

数枚撮った写真の全てから穏やかな空気が漂っていて・・・。

何も問題のない男女。



お互いの『立場』や『職業』を除けば。



それらを目にする度に、柾行はなぜか報告書を作るのをためらってしまう。


依頼主が知りたがっていることが良い結果でも悪い結果でも、

真実をありのまま伝える。


それが自分の仕事だと分かっていたし、今までもそうしてきた。

それが例え自分の家族でも、親友でも。


それが。

うまく制御できない気持ちを持て余していた。



勘のいい郁のことだ。

そろそろ痺れを切らして様子を探る連絡があるだろうと

気が重い作業に取り掛かったのだが・・・。



ピンポーン――――・・・。



間延びした、甲高いチャイム音が響き渡り、柾行は

思わずチッと舌打ちをして、無視を決め込もうとした。


しかし相手も強情なようで、何度も何度もチャイムが鳴らされた後

聞き覚えのある声が玄関先から聞こえた。



「マサユキ、いるでしょ?」



その男性にしては少し高く、甘みのかかった声に

柾行は一瞬で背筋を逆走する汗を感じた。


まるで犯罪を隠すように慌てて立ち上がると

パソコンのディズプレイの電源を切り、その周辺に散らばしていた

プリントアウト済みの写真や資料を一まとめにするとキーボードの下敷きにして

右往左往とあたりを見直す。


床に散らばっていた卑猥な本におまけとして付いていた

これまた卑猥なDVDをワザとのようにその上から被せた。


その間も絶え間なくチャイムや郁の声が響く。


覚悟を決めて玄関を開けると少し辟易した表情の郁が

短い溜息の後、許可も聞かずに柾行の小さな城へと足を踏み入れた。



「もう、居るのは分かってるんだから早く開けなよ~」



「い、いや・・・俺だってその、事情があるわけよ」



シドロモドロする柾行を尻目にズンズンと部屋へと足を進めると

一瞬のうちに郁は眉をひそめた。



「・・・空気悪すぎだよ。いつか鳴るよ?」



部屋に充満する煙草の残り香を数回吸い込んで、天井の火災報知器を指差した。



「あぁ、大丈夫。2回くらい鳴って部屋水浸しになったから切った」



「・・・犯罪じゃないの?それ」



「どうかな。部屋出るときに元に戻したらいいだろ」



そういいながら早鐘を打つ鼓動を悟られぬよう、

窓を開けに郁の横をすり抜けた。



「マサユキ、亜子のどうなった?」



背中に単刀直入な郁の声が刺さる。

半分まで窓を開いた手が、不自然に止まった。

ほんの一瞬の間を置いてそのまま窓を全開にする。


(もうだめか・・・)


覚悟を決めて振り返ったときには・・・。



すでに郁はパソコンの画面をつけて

ドアップになっていた亜子と『オトコ』の写真を前にし、

その動きを止めていた。



「その・・・すまん・・・」



郁は居心地の悪さからなんとなく謝ってしまった柾行に反応することなく、

ふーっと長めに息を吐き出すとパソコンの前に座った。


柾行の小細工をあっさりと見破り

キーボードの下から資料も取り出した。


マウスを操ると他の写真も一つ一つ丁寧に見ていた。


柾行は咎めることも出来ないまま

もう一度窓に向き直し煙草に火をつけた。


いつの間にか雨が降り出していたようで

埃をたっぷりと含んだ重い湿気が纏わり付いてくる。

それを押し返すように煙を吹き出すが

今の煙草はいつも以上にまずかった。


数分も経つと、プリンターが唸り声を上げて

仕事を始めた。


ゆっくりと振り返ると、そこには

先ほど初めて見せた蒼白な表情の郁の姿はすでになく、

柾行と目が合うと、いつもどおりに微笑んで見せた。



「マサユキも人が悪いんだから。ちゃんと出来てたんじゃない。報告書」



「・・・悪い」



煙草を灰皿に押し付けながらその笑顔から目を背けた。

いつものような微笑。

それは背筋に冷たいものが駆け抜けるような狂気を含んでいた。


同時に、例えようのない哀しみにも染まっていて。


それに気が付いたとき

直視することを避けるしか出来なかった。



「別にマサユキが謝ることないよ。まぁ・・・言いにくいよね。この手のことは」



全てがプリントアウトされたことを確認すると

先ほどの資料と合わせパラパラと紙を繰る。




そして、一番―――――――・・・。




一番亜子が幸せそうに隣を見上げて微笑む写真をクルリ、と柾行へ向けた。




「まさか、相手が『恵太おとうと』とはね・・・」




その後、柾行の部屋をごそごそと漁りながら

「掃除ぐらいしなよー」とか、

「なんで封筒としゃもじが同じ場所にあるの?てか、

この家にしゃもじがあること自体奇跡じゃない!」とかくだらないことを言って

郁は無理に明るく振舞っていた。


いつもは吸わない煙草を柾行から貰うと

ゆっくりとした動作で味わいながら、時折「おいしいな」

と言った。



柾行は微笑んで見せたが自分がうまく笑えていないことは

自分が一番良く分かっていた。



飲みに出ようかと誘ってもみたが

郁は「まだ仕事を残してるんだ」とやんわりと断ってきた。




帰り際、玄関で



「マサユキ、ありがとう。助かった。このことは・・・内密にして」



そう言って頭を下げてきた郁。

初めてのことに戸惑い、思わず咥えていた煙草を落としそうになった。



「や、やめろよ。そんなこと。俺のほうこそ、時間かけてしまって悪かった」



そう言って顔の前で小さく手を重ね謝罪を示した。



「特に・・・。マスコミ関係。申し訳ないけど漏らさないで。

これは・・・。かなりマズイから」



「もちろん言わねーよ。そこまで馬鹿じゃないから安心しろ」



苦笑いを浮かべる郁の肩を叩きながら約束した。


じゃ、と片手を上げて玄関を出て行く郁に



「雨が降ってる。タクシーまで使えよ」



と無理矢理、傘を押し付け見送った。


玄関の扉が重そうな音を立てて閉まると同時に

柾行は壁にもたれ掛かったまま

ズルズとルその場に座り込んだ。




「なにやってるんだろうな・・・。俺は」




小さくなっていく郁の足音と、次第に強まっていく雨音を聞きながら

しばらくの間、柾行は天井の模様を眺めていた。




付けっぱなしのテレビから、

今日が夏休み最後の日曜日で行楽地はどこも賑わったと

アナウンサーが伝える声が聞こえてきた。



そんな夏の終わりを告げようとする日。

ついに郁が全てを知った。







いつもお読みいただきましてありがとうございます。

久々の更新でごめんなさい。


諸事情ありましてパソコンへ触れる日と触れない日の差が激しく

このような不定期更新で本当に申し訳ないですが

その代わり出せるときはバンバン!出して行こうと思っていますので

どうぞ見捨てないでやってください。


さて、お話のほうはいよいよ郁が柾行によって全てを知りました。

一応一話前のお話の1週間ほど前という時間軸です。


分かりにくかったらごめんなさい。


じわじわと包囲されていく感じがなんとも喉になにか

つかえる感じですが(苦笑)、お付き合いいただけたら嬉しいです。



それでは本日もありがとうございました!

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