6・6時間前の失敗
「好きだった人と、同じ苗字だったの」
そう言われただけなのに、心臓がうるさいぐらいに騒ぎだしたのを感じていた。
名前を覚えられていた…。
目立つ暁ではなく、自分が、先に…。
モデルをしている自分ではなく、学校での自分を覚えてくれていた…。
なぜかそれが嬉しくて。
心臓の騒がしさを、心地よくも感じていた。
「れ?恵太、なんか機嫌いい〜?」
教室で自分の机に座っていると、
やっと話を終えたらしい暁が恵太の前に来るなり、
顔をのぞきこんで、にやりと笑った。
「別に」
「いーや。顔が緩い!」
「なんだよ、それ。俺はねじか」
思わず漏れる笑いを押さえつつ、
先ほどの食堂の出来事を思い返していた。
最後の一口しか残っていないパスタを皿に置いたまま、
結局亜子が食べ終えるまで話し相手になった。
とは言っても、もともと無口な恵太。
無邪気に話をする亜子に相槌を打ったり返事をしたり。
相手という相手はしなかったが、
「ありがとう。諌山君のおかげで楽しかった!
まだ仲のいい先生もいなくて、ちょっと寂しかったの。
おいしくご飯が食べられたから、また午後から頑張れそう!!」
亜子は、今までの中で一番リラックスした笑顔で
恵太に笑いかけると、小さく手を振って職員室へ戻っていった。
「ふぅ〜ん?まいいけど??
恵太がそういうジョーダン言うときって、たいてい機嫌がいいときだからさ〜」
「そうか?」
恵太の机の前に座り込んで、意味ありげににやりと笑った。
「絶対、そう!ま、その調子で今晩も頼むわ!」
「あ?あぁ」
暁は立ち上がると両肩を強く、ボンボンッ!と2回叩いて、
自分の席へと戻っていった。
思わず返事をしてしまった後、ふと考えた。
「今晩?」
意味が分からず、独り言のようにつぶやく。
あ!!!!
そう、今日は、金曜日。
合コンの日だった。
慌てて、恵太の斜め後ろのほうに座る暁を振り返ると
暁はいたずらが成功したみたいな、満面の笑みで
片手をひらひらと揺らして見せた。
立ち上がってさっきのはナシ!!と言いに行こうとしたとき
ちょうどチャイムが鳴り、数学担当の教師が入ってきたため
恵太は中途半端に浮かした腰を、
再び沈めるしかなかった。
「くそっ・・・」
どうやら今日は、逃げられないようだ。