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56・キミはキレイだ 1

「あの・・・どうぞ・・・」


「ありがとうございます。すみません、なんか突然俺たちまで・・・。

すぐおいとましますので。な、小鳩?」


ソファーから軽く腰を浮かし亜子の出してくれた麦茶に礼を言いながら、

隣の小鳩を見やると。

口を真一文字に結んで視線を色んなところへ忙しなく動かしている。

掌は固く結んで微かに震えているようだった。


(まぁ・・・そりゃそうだろうな・・・)


小鳩同様、視線を動かしながら泰次はそう思った。



夜中に外で立ち話をしても近所迷惑になるから、と

亜子は恵太はもちろん、泰次と小鳩を部屋へと促した。


「…事故で遅れた揚句、居眠りするなんて、せん…あこらしいと言えば、らしいな」



そう言って亜子をからかいながらキッチンへ向う恵太は、驚くほど穏やかで。

目の前に亜子がいること、その事実に安堵しているのが分かった。


小鳩は決して自分には向けられないその笑顔に何を思っているのだろう。

泰次は麦茶を一口含み、強く掌を握り締める小鳩に気が付かないふりを

決め込んでいた。



亜子は確かにあの後郁の部屋を出ていた。


しかし帰宅を急ぐ駅で、電車の人身事故によってダイヤは大幅に乱れていたのだ。


慌てて恵太に連絡をしようと思って手にした携帯は

こういうときに限って無残なまでに圏外で。

恵太の職業柄、そして二人の関係柄、

個人情報が漏れたらまずいと思い恵太の番号だけ、いつも持ち歩く手帳に記していなかった。


今晩はその配慮が仇となり、連絡が出来なかった。


仕方なくバスを乗り継いで帰ろうと思って向ったバス停は

同じように帰宅を急ぐ人で長蛇の列になっていた。


バスを待つこと2時間。


やっとのことで乗り込んだバスのシートは

とても乗り心地がいいとは言えなかったが、

郁との対面に緊張のピークに達し、

そして予想外の出来事の連続でボロボロになっていた亜子には

腰を沈めると同時にようやく酸素を得たような感覚で。

大きく息を吸い込んだ時、ふっと張り詰めた糸が切れた気がした。


いつもと違う町並みをぼんやりと眺め、窓に額を預ける。

泣きたくないのに勝手に流れ落ちてくる涙をこっそりと拭いながら

少し煩いくらいに不規則に揺れるバスのリズムを体で感じているうちに

泣き疲れていつの間にやら深い眠りに落ちていた。


「気が付いたら・・・全然知らないところだったの」


恥ずかしそうに微笑んで、そっと自分の髪を撫でる亜子を見て

泰次はなんとなく、恵太が亜子に惚れた理由が分かった気がした。

幼いまでに、純粋で穢れを知らない。

澄んだ瞳をしていると思った。










しかし、片思いをしている相手の恋人の家なんて、あがるもんじゃない。


この部屋は、どこも恵太で溢れている。

二つ並んだスリッパ、テレビ脇の雑誌、

ここからチラリ、見えるキッチンには明らかにおそろいの食器やグラスなどが

キチンと整頓されて並んでいた。


何よりも。恵太がこの部屋にとてもよくなじんでいた。

亜子の部屋へ入るとすぐに棚の上に恵太は自分の腕時計を置いたし

今だって自分の家のように亜子と一緒にお茶を準備する。


それはまるで新婚のカップルのようで、亜子と恵太の仲の良さを

実際目の当たりにした小鳩にとっては地獄絵図のような光景だろう。


泰次はもう一口、冷たい麦茶で喉を潤す。


恵太は、嫌がらせのような


「うちは熱い紅茶がいい!砂糖少な目のミルクたっぷりな!

ついでに生姜の絞り汁も入れてや!

冷たいモンはむくみの原因になるから、撮影前はあかんで」


という、小姑顔負けの小鳩の注文に少し困った顔をしつつ「はいはい」と律儀にこなして

小鳩の前に運んできた。



「お待ちどう様。砂糖とミルク足りなかったら言って」



カップとソーサーをそっと並べながら小鳩を見る恵太のその目は

驚くほど優しく、恵太の中での亜子の存在の大きさを改めて感じていた。



ただ・・・。



そんな恵太と小鳩、亜子の間の空気感のズレもだが、

泰次は先ほどからある一つの点が気になって仕方がなかった。



それは・・・。




「先生、この前のクッキーってどこ?」


「あれ?紅茶の缶と一緒に置いてなかった?」


立ち上がり、キッチンへ向かう恵太を黙って見送りながら。



(まただ・・・。)



そう。



ところどころで恵太が『亜子』ではなく『先生』と呼ぶことだった。



ローテーブルの下にあるスペースから見えている高校の英語の教科書らしきものと

『文部科学省 高校英語科指導要綱』と書かれた専門書・・・。



(まさか・・・、な・・・)



頭にぎる、ある一つの結論が間違いであることを願いつつ・・・。

もし・・・もしそれが事実あたりだった場合・・・。


その思考に辿りついた途端に、泰次は今しがた潤ったばかりの喉が

ものすごいスピードで乾いていくのを感じた。



(いやいやいや・・・、それはまずいって、恵太!!!)



頭を抱えたくなる衝動を抑えて、背筋に冷たいものが走り出したとき

突然小鳩が口を開いた。



「単刀直入に言うわ。亜子ちゃん」


「は、はい」


その厳しさを含んだ小鳩の声色に

全員のお茶の準備を終え、小鳩と泰次の向い側に座ったばかりの亜子のみならず、

恵太と泰次も思わず息をのんだ。



「ケータのこと粗末に扱うんやったら、容赦しいひんで」


「・・・え?」



状況がつかめないらしい亜子が、大きなその瞳を更に見開き、

少し首をかしげながら小鳩を見つめ返した。




かなり久しぶりの更新で、とてもとても恐縮です。


もし、まだ覚えていただいていたらうれしいなぁと思い、

ひっそりと更新してみました。


未だじれったい恵太と亜子ですが、丁寧に日々を育んでいる二人と、その周りの暖かさを描きたいと思ったら、こんな遅々とした展開で・・・。


まだまだ精進が足りずうまく表現でず申し訳ありませんがこれも二人の味だと思っていただけたら・・・(言い訳全開)。


泰次と小鳩もやおら怪しい動きです。


今後は更新頻度を奇数日更新へ戻せるよう心がけてまいりますのでまたお付き合いいただけたら嬉しいです。


それでは今後ともよろしくお願いいたします(深謝)。


里中とおこ

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