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55・泰次の憂鬱 2

泰次が吐き出す紫煙が、窓の外へと吸い込まれるように白い線を描き、幻想のように姿を消して行く。

その様子を、小鳩は後部座席の窓からぼんやりと眺めていた。



(・・・こんな時に・・・かける言葉なんて、あるわけないやん)



いつものようにおどける術すら見つからず、チラリと隣の恵太を見遣る。


窓の外の、亜子の部屋の辺りを一点に見つめている恵太。



切れ長の目は決して表には出さないが、

静かな炎を宿していて。

役柄のために長めに流している前髪はいつしかすっかり恵太の顔になじみ、

その目元を薄く引かれたカーテンのようにそっと隠していた。

眉間にはいつもは存在しないシワが深く刻まれるその様に

恵太の苦悩が見て取れた。


いつも穏やかに笑みを湛えているような口角の上がった口元は、

今日は心なしかきつく結ばれている。



それでも。



それでも凛としたその険しい横顔に、

こんな時でさえゾクリ・・・と心を跳ねさせてしまう自分は病気だと思う。




小鳩の視線に気がついたのか、ふいに恵太が小鳩を振り返る。



「珍しい。マジメな顔の小鳩」



喉元で、クツと笑みを零しながらふわりと微笑む恵太からは

先程までの険しい表情は影すらもなくなっていた。


切なくも、きれいなその表情に小鳩は胸の芯をギュッと掴まれ、

言葉を返すことも忘れていた。



「し・・・失礼なっ!うちはいつもマジメやわ」



動揺を隠すかのようにぷいっと横を向き、視線を外した。

慌てふためきながら答えたせいで吐かれた声は少し上擦っていた。


そんな小鳩に、恵太はふわりと表情を緩め。

小鳩の艶やかな黒髪に、恵太の手が伸びポンポンと2度優しく撫でていった。


思わず視線を戻すと、恵太は小さく頷いた。

そして運転席の泰次を向き直り。



「ありがとうございました。監督。俺、降ります。

小鳩と帰ってください」



そう伝えた。

口の端に煙草を銜えたままの泰次はミラー越しに恵太と目が合うと、

一瞬言葉に詰まったようだった。



「このままじゃ仕方ないし・・・。もう少し待って話してきます。

・・・明日のロケ、時間は守りますから」




泰次は映画のためと自分を鼓舞し、ここまで子守にうんざりしていたが

自分が遠くへ置き忘れてきた感情を

恵太のその言動に見せ付けられ、なんだか腰が落ち着かなくなっていた。


昔は自分も、こんな風に誰かを好きになったり、誰かを信じたりしていたのだろうか・・・。

損得勘定なしに、真っ直ぐにぶつかっていっていたのだろうか・・・。

到底恋愛映画を撮る監督の考えることではないな、と根底を揺るがされるような

自虐的な思いが全身を駆け抜けた。


恐らくはそのせいだろう。柄にもなく作り笑いを浮かべ、応えた。



「・・・了解。まぁ・・・答えは早まるなよ」



大丈夫です、と精一杯に平常心を取り繕う恵太を横からじっと見ていた小鳩は

口内にジャリと苦みが広がるのを感じた。


恵太の言葉一つ一つから・・・。

揺れる瞳からも、握り締めている拳からも、

落ち着こうと大きく息を吐くその呼吸にも。

亜子を信じたい気持ちが痛いほど表れていて。


その静かながらに芯に炎を宿す亜子への恋心を見せ付けられて

小鳩の胸はズキズキと悲鳴を上げていた。


と同時に、恵太に対する自分の想いと

恵太のいじらしいまでもの愛情を知りもしないであろう亜子への嫌悪感とも敵対心とも取れない、

ドロドロとした感情が小鳩を蝕んでいた。



小鳩もありがとな、と小さく笑ってドアを開け、車外へと一歩足を踏み出した恵太に

小鳩は背後から半ばタックルするようなカタチで飛びついた。


瞬間、荷崩れを起こす荷物のように二人はひんやりと冷たくて固い道路へと

ゴロゴロっと転げ落ちた。



「・・・ってぇ・・・。こ、小鳩!?」


「ああっったまきた!」


「ぇえ?・・・っー・・・マジいてぇ・・・」



恵太は突然の衝撃でジンジンとした痛みが全身を駆け巡るが

自分を完全に敷物にしている目の前の小鳩の顔が怒りに震えており

それが何故なのか分からず、両方の腕を後ろ手について上半身を起こしながら

痛みに耐えていた。



「こっちがおとなしくしてりゃー、ケータほたって朝帰りやろ?!

ちょっと慢心し過ぎなんちゃうん?!」


「はぁ?!」


「もー遠慮なんかしたらん!全面対決やったるわっ!!」


「こ、ごばど・・・ぐ、ぐるじ・・・」



恵太の首をぎゅうぎゅうと絞り上げながら、前後にゆさゆさと

揺さぶる小鳩にぎょっとして、泰次は慌てて運転席から飛び降りると小鳩に駆け寄った。



「こ、小鳩、落ち着け。な?とりあえず手を離せ。恵太ー!!死ぬなー!!!」


「うるさいっ!文句があるなら出て来ぃーや!!ヒナサワアコ!!!」



完全に興奮状態で近所迷惑よろしく叫ぶ小鳩を泰次が後ろから羽交い絞めにして

引き剥がそうとしていたその時―――――。



「・・・あの・・・。呼びましたか・・・?」



鈴が鳴るがごとく小さく、コロンとした愛らしい声が3人の頭上に降ってきた。


何かに弾かれたように全員がそちらへと顔を向けると・・・。



「先生・・・」


「・・・え、恵太君?ど、どうしたの?!」



肌寒い夜の空気から身を守るように掛けたストールを胸元でしっかりと合わせ

3人を覗き込むように立つ亜子がそこにいた。



地面に体を預け首を絞められている恵太と、その恵太の上で首を絞めている小鳩。

その小鳩を羽交い絞めにしている泰次。



「あの・・・名前を呼ばれたような気がしたので・・・。

えと・・・。違い・・・ました?」



ピクリとも動かない3人に、亜子は理由のない気まずさを覚え

問いかける声は小さくなる。



「・・・あんたがヒナサワアコ・・・?」


「あ・・・。はい。・・・初めまして」



出て来い!と行ったものの本当に出て来てしまった敵に、

しかも丁寧に初対面の挨拶までされてしまうとさすがの小鳩も

文句の一つも出てこなかった。



「・・・初めまして。海月うみつき小鳩です・・・。

こっちは・・・ナニ泰次だっけ?」


「松浦だっ!お前、監督の名前くらい覚えろよ!!」



非日常的な、何とも間の抜けた初対面を果たした

亜子と小鳩、そして泰次だった。





小鳩を抱え込んだまま動くタイミングすら計れず、

亜子に意味もなく苦笑いを浮かべながら泰次は思った。




居残りなんかさせなけりゃ良かった。

話なんて聞いてやるんじゃなかった。

「ヒナサワアコの家に行って確かめよう!白黒させよう」

そう言って小鳩にごり押しされて車なんか出してやるんじゃなかった。



思わぬ形で他人の恋愛ごとに片足を突っ込んでしまった泰次の憂鬱は

まだまだ続きそうだった。






しばらくお休みをさせていただいているうちにすっかり新年です。

もしお待ちいただけている方がいましたらごめんなさい。


久々の更新ですが、いかがでしたでしょうか。

またお暇なときに感想などいただけますと嬉しいです。


当分は不定期更新ですが、今日からまた書いていきますので

お付き合いいただけたら幸いです。


ではでは、今更感たっぷりですが、本年も私ともどもジャスミンを

よろしくお願いいたします(深礼)。



里中とおこ


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