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5・覚えられた名前

初めて恵太のクラスで亜子の授業があったのは、金曜日だった。


大学卒業したての赴任式で、まるで結納の席のようなとぼけた

自己紹介をした新米教師。


しかし、実際の授業はまるで別人だった。


発音はもちろん、的確な文法指導と、

ちょっと意地悪なひねくれた質問にも、見事なまでに答え、

生徒たちの驚きを誘った。


と同時に、そのギャップから、

生徒たちの人気もあっという間に高まっていた。



「亜子ちゃん、おベンキョできるんだな」



恵太がお昼を学食で済ませていると、

パックジュースを飲みながら暁が隣に座った。


「まぁ、新任でうちのクラス持つくらいだからトーゼンちゃ、トーゼンか」


まるでヒトリゴトのように、暁は片足を折り、椅子の上にあげ

肘を突きながら恵太の顔を見た。


「さぁ」


興味なさ気に、クリームパスタを口に運ぶ恵太。


「ふっ、お前さ、それ、好きだよね〜。ソレ喰ってるところしか見たことないかも」


「そうか?」


「おこちゃまだねぇ!!」


「ほっとけ」


一瞬フォークが止まるが、さほど気に留めないそぶりで

さらに食べ進める。


うまいんだけどな。

・・・子ども向きなのか?


なんて思いながら。




「あ!アコちゃん発見!!」



暁の嬉しそうな声に顔を上げると、

混んでいる食堂内で空席を探しているのか

食器の乗ったお盆を持ったまま、きょろきょろと

あたりを見渡していた。



「おーい!アコちゃーん!!こっちあいてるよーーー!!」


「オイ、暁!」


椅子から半分立ち上がり、ブンブンと手を振る暁に

恵太は戸惑った。



冗談じゃない。



なぜか恵太は亜子とかかわりたくなかった。



ソレは、防衛本能なのか何かの予感なのか。


あんなに目立つ人間と関わって

自分の周りが騒がしくなるのは苦痛だ。


亜子をキレイだと思ってしまった自分・・・。

今まで感じたことのない気持ちを持っている自分に

自分の中の何かが、関わることを怖がっていた。



そんな恵太の気持ちなど、知るはずもなく

亜子は声をかけられ、少しホッとしたように

暁の前まで来ていた。



「ありがとう。全然空いてないから困っちゃって・・・。

すごい人気なのね」


にっこり笑いながら、テーブルへお盆を置こうとした。


「そうだよ〜。うちの学食、案外うまいからいつもこんな感じ。

連れ見つけて、そいつの前後見張って空くの待つのが一番早いよ」


テーブルの上に少し体を乗せながら暁はさり気に

亜子のお盆を受け取って、下に置いてやった。




黙々と食べながら、目の端に映る暁の行動を見ながら、

自然とこういうことのできるところ、ホントすごいな。

などと思う。



「そうなんだ、あ、ありがとう。

優しいのね。えっと・・・、ごめんなさい、まだ名前覚えてなくて・・・」


「えー、さっきうちのクラスの授業だったじゃーん!

岡田!岡田暁!!」


「あ、ごめんなさい。

岡田君ね。もう忘れないから」


慌てたように暁に向けて笑顔を向けた。


「頼むよー。今度忘れたらバツゲームね!

・・・おっ・・・、あ、わり、携帯鳴った。


あーもしもし?・・・え?何・・・?

聞こえない、ちょっと待って、外出るから」



そういいながら、暁はうるさそうに片耳を押さえながら

学食を出て行った。



取り残された恵太と、亜子。



呆気にとられながらも、

ちょっとばつの悪かった亜子はホッとしながら

恵太の向かい側の椅子に腰掛けた。



「ダメだよね、生徒の顔と名前が全然一致しなくて」


ふと顔を上げると、亜子が恵太を見ながら

本当に困ったように笑っていた。


あ、この顔・・・。


あの日と同じだ・・・。



「・・・仕方ないんじゃないですか。うちのクラス、

今日初めてだったんだし。

一度に覚えられるわけない」


ふと、ぶつかった日を思い出しながら、

それを悟られないように下を向きながら答えた。


手は残り僅かなクリームパスタを

巻き取り始めた。



「ありがとう。えっと・・・








諌山・・・恵太くん






・・・だよね?」






一瞬、手が止まる。





何で?





思ってもいない口から自分の名前が出てきて

恵太は言葉を失った。




「・・・」





「あれ、違った??」



「・・・や、・・・合ってる・・・けど・・・。


何で知ってるの?」



ひょっとしてモデルの仕事の関係で、

顔と名前を見聞きしているのか。



「あ・・・。えっと・・・」




なぜか、とても恥ずかしそうに笑う亜子。




「昔、好きだった人と・・・苗字が同じだったの。

この前ぶつかったとき、名札が目の前にあって・・・。


こっちじゃめずらしくないのかもしれないけど

私の地元じゃ、あまり聞かない苗字だったから、少しびっくりしちゃったの。


で、・・・覚えてたの・・・かも?」



耳まで真っ赤にしながら、全部話したくせに

語尾だけ疑問形にして、ごまかしたつもりだったのか。




その飾らない、困ったような笑顔を見て

うるさく騒ぎ出す鼓動に戸惑いながらも

やっぱり亜子はキレイだと思った。



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