49・過去と現在 2
恵太の中で蠢く、一つの疑問。
そんなことはないと信じてはいても、
これを聞かなければ先には進めない。
最悪の答えも覚悟している中で口にするのには勇気がいり、いつの間にか口内がからからに乾いていた。
「ひとつだけ・・・いい?」
「うん・・・なに?」
「・・・先生は・・・。今日郁と再会して・・・どうしたい?
ちゃんと別れてなかったんなら・・・そんなに後悔してるんなら・・・。
まだ郁のこと・・・」
その問いに亜子は一瞬大きく目を見開いて、それから苦しそうに眉間にしわを寄せると
悲しげな色に染まった。
「私が今、一番好きな人は恵太君だよ。恵太君じゃなきゃ・・・ダメ。
こんな話した後に信じて、なんて言えないけれど・・・」
そう言いながら俯いた亜子の組み合わせているその手にぽたぽたと涙が零れ落ちていた。
「恵太君は・・・。お兄さんと関係があった女なんて・・・もう嫌・・・?」
ゆっくりと顔を上げた亜子は零れ落ちていく涙を気にすることもなく、
そのままに恵太を見つめた。
「・・・ごめん、正直よく分からない・・・。
嫌というか・・・。うん・・・ごめん・・・。
いや、先生が嫌とかじゃなくて・・・。
・・・あーもう!!!」
恵太は、今まで感じたことのない独占欲と嫉妬心に狂い始めていた。
恵太の中の一番のコンプレックスである郁を愛していた亜子。
浮かんでは消える自分自身を切り裂く言葉の刃が
勝手に暴れ回り、それから逃れたいと爆発寸前だった。
当たり所のないドロドロとした感情を必死に抑えようと
乱暴に自分の髪の毛をぐしゃぐしゃっと引っ掻き回わした。
役作りのため伸ばしている髪が、自分の指に不快に絡まるが
今は引きちぎってしまいたいような衝動の中、両手で思いっきり掻き回す。
感情をうまく表現できない恵太の、唯一のそのイライラと葛藤するクセに気がついていた亜子は
身を乗り出し、そっと恵太の両手を取る。
小さな亜子の掌じゃとても包みきれない
少し骨ばった恵太の大きな手。
突然亜子に触れられ、恵太は驚いた。
乱れた前髪の隙間から亜子の瞳を捉える。
その瞳は・・・そして小さいながらも一生懸命何かを伝えようとする
その手の温もりは、何よりも恵太を安心させた。
「・・・ごめん・・・俺・・・ヤキモチ。
郁が・・・先生に触れたのかって思うと・・・。
ごめん、すごいちっさいな・・・」
亜子のその瞳に、恵太は震えながらぽつりぽつりと言葉を発した。
ちゃんと聞くといいながら過去にやきもちを焼いて
自分を抑えられない自分は・・・大人でスマートな郁と違う自分は・・・
亜子に嫌われてしまうんだろうか。
その恐怖に怯えながら、救いを求めるように亜子の手を自分の指に絡め直し
強く握り締める。
もし数秒でも・・・。
ほんの一瞬でもこの手を離してしまえば
亜子が郁にさらわれていくような、そんな強迫観念に襲われていた。
「私は・・・恵太君が好きよ。恵太君が許してくれるなら・・・。
これからも・・・恵太君の『カノジョ』でいたい・・・」
そんな恵太に気がついた亜子は絡めた手に力を籠める。
先ほどまで涙を流していた亜子の瞳に、今は水滴はなく
真摯に見つめる澄んだ瞳が恵太を捕らえていた。
「今日、恵太君が撮影に戻った後・・・カオルさんに『あの日のこと後悔してる』って・・・。
『ゆっくり話したいから時間作って』って言われたの」
その言葉に恵太は弾かれたように亜子を見た。
当の亜子は、穏やかに微笑み恵太に向かって首を左右へ振った。
「大丈夫よ。今は、もう逃げなくてもカオルさんに向き合える自信があるんだ。
昔のこと・・・逃げたことちゃんと謝って来る。
それから・・・。恵太君が許してくれるのなら・・・」
亜子はそう言って、大きく深呼吸をした。
「明日、カオルさんに『私には真剣にお付き合いしている人がいます』って言ってもいい?」
そういって頬を朱色に染めながらはにかんだ様に笑って見せた。
どうしてこのヒトは、こんなにも自分を揺さぶるのだろう。
どうしてこのヒトは、欲しいと思っているものを欲しいだけ与えてくれるのだろう。
苦しさとは違う、痺れにも似た甘い衝動が上のほうへと集まってくる。
恵太を惹き付けて止まない、亜子のその柔らかい笑顔。
それに触れた途端、心の中で自分自身を狂わせる刃が、少しずつ動きを鈍くしていった。
代わりに湧き上がるのは、亜子を自分の手中に収め自分のものだと刻み付けたい衝動。
「・・・門限9時ね・・・」
恵太はそう言うと亜子の手を離し、亜子のすぐ後ろのソファーへと腰を下ろす。
きょとん、としたまま恵太を見上げる亜子の腕を取った。
亜子を優しく立ち上がらせると、自分の膝の上へと横向きのまま誘い
きつく抱き締めた。
「け、恵太君?!」
突然のことと不意に近づいた恵太の顔に亜子は耳まで真っ赤になり
声は上擦っていた。
「明日・・・9時までに帰って来て。・・・分かった?」
追い討ちをかけるように恵太はわざと亜子の耳元に低い声で囁いた。
亜子はびくっと体を震わせ、下唇を噛みながら小さくコクコクと数回頷く。
その様子に恵太は言い表せない満足感と、もっともっと独占したい気持ちで
少しづつ理性が奪われていく感覚を味わった。
「『カノジョ』が他の男と二人で会うのは・・・好きじゃない。
あこは・・・俺のものでしょ?」
そういうと、その愛らしい唇に優しく口付けた。
亜子の体の自由を奪い去り、啄ばんだり噛んだり強く吸い寄せたり・・・。
しばらくそうしているうちに、いつの間にか二人の間の空気は
甘く熱いものへと代わっていた。
「今日・・・泊まってもいい?」
潤んだ瞳で恵太を見上げ、そして頷く亜子を見つめながら。
頭に浮かんでは消える郁の影を消そうと必死だった恵太は
いつの間にか消え去った嫉妬心の代わりに、
何物にも変え難い温かな幸福感を夢中で味わっていた。
過去の話、とりあえず最後まで聞きました、恵太。
こういうのって一日で「ハイ、完結!」とはいかないものですよね。
少しずつ自分の中で昇華したり、理由付け(時にこじ付け)しながら気にならなくなっていくような気がするので今後、恵太はしばらく揺れそうですが見守っていただけたら嬉しいです。
・・・というか、恵太何気にS?!亜子といると俺様?!
亜子と二人のとき、キャラが違う・・・(笑)。
ま、まぁ、亜子といるときは甘えん坊でわがままなんだということで
こちらも見守っていただけたら嬉しいです。
それではこんなところまでお読みいただきました
あなた様の明日がすばらしい日々でありますように!