44・泰次と小鳩の密談 2
2軒目は先ほどとガラリと雰囲気の違うカジュアルバーだった。
泰次の友人の店で、個室があるということで人目を避けたり、
聞かれたくない話などをするときによく利用していた。
「…で?お前はどうしたいわけ?」
座り心地のいいソファーにどっしりと身を預け、煙草を燻らす。
「どうって…」
いつになく歯切れの悪い小鳩は、泰次の角を挟んで左隣りに座り、
ウイスキーの入ったグラスを両手で包んでモゴモゴしていた。
「お前、諫山恵太が好きなんだろ?」
小鳩は、驚いたように大きく目を見開き
「なんでわかったん!?泰次エスパー?!」
と、身を乗り出してくるから泰次は呆れて苦笑いするしかない。
「アホか、お前は。これだけ恵太恵太聞かされりゃー誰でも気付くだろう。…諌山恵太以外は。
あいつ、鈍そうだからなぁ」
そう茶化して、ふーっと煙を天井へ向けながら吐き出す。
小鳩の方へ煙が流れぬよう、灰皿は右へ、吐き出す方向も考慮していた。
「鈍いとかじゃなくて。ケータ、彼女のことしか頭ないねん。うちなんて見えてへんわ」
そう言ってグラスを口に運ぶ。
ロックをものともせず、水のようにガブガブと飲む小鳩と、
恋心に揺れる小鳩のギャップがありすぎて。
戸惑いつつも泰次は荒療治を敢行することにした。
「じゃあ誘惑でも何でもして奪うしかないな」
「そんなっ!あんた鬼?!」
手を止め、泰次を軽く睨みつける小鳩。
しかし言葉ほど、その表情に力はなく、どことなく助けを求めているようにも見えた。
「んじゃ、諦めるんだな。諫山恵太は彼女とうまくいってるんだし。
誰かさんと違って私情挟まず、ますますいい仕事するようになってるからさ。
いい恋愛してんだから、諦めてオトモダチやるしかねーだろ」
「そんな簡単に諦められたら苦労しぃひんわっ!
彼女いるって分かってからケータの顔、まともに見られへんのよ?!
こんなん初めてやからうちも困ってんねやんか・・・」
最後は消え入りそうな小さな声になり、俯いてしまう小鳩をチラリと横目で見て
「あと一押しかな」と思う。
泰次は煙草を灰皿に押し付けて、最後の煙を右下に吐き出し
「彼女いても諦められないんだったら当たって砕けるか、振り向かせて奪うか、
別れるの待つしかないんじゃねーの?まぁ、お前の性格じゃ『待つ』はないか。
別に彼女がいる人好きになったらいけない決まりはないしな。略奪愛なんてよくある話だろ」
泰次の言葉にハッとしたような顔をして、
そしてゆっくり空いたグラスを揺ら始めた。
残った氷が小さくカラカラと音を奏でる。
「そうやんなあ…。彼女がいても、好きになること…あるよなぁ。
別に、悪いことちゃうよなぁ…」
「まぁ、好きになることは悪くないんじゃない?相手の女に嫌がらせしたり
脅したりするのは感心できないけどな。正々堂々闘うのはアリだろ」
新しい煙草に火を付けて燻り立つ煙の先にいる小鳩を見つめる。
さあ、来るか?
「正々堂々・・・。そうやんな・・・。
・・・そうよな、うん。アリやわ!!
ありがとう!泰次。うち自分の気持ちに正直になるわ!
恵太、振り向かしてみせるっ!!
ケータ好きな気持ちは彼女と対等やもんな!!もー遠慮しいひんでー!!」
グラスを打ち付けるようにテーブルへ置いたかと思ったら
いきなり立ち上がり、片足をソファーの上へ乗せると拳を高く突き上げた。
まるで漫画の1シーンのようなポーズで小鳩が復活した。
泰次はニヤリ、と笑いながら小鳩に付け加える。
「ただし!撮影中は恋愛禁止。手ー出すなよ。
お前はともかく、修羅場経験なさそうな諫山恵太が使い物にならなくなったら困るからな。
映画の中で擬似恋愛しながら撮影終わるの待てよ?」
「分かってる!そこいらはうまくやるから安心しぃーなぁー。
あーなんかやる気出てきた!泰次、ジン・ロックおかわり!」
「はぁ?!お前、まだ飲むの?!もう帰ろうぜ。マネージャーさん心配するから」
「何ゆーてんの!うち、やっとお酒がおいしくなって来たところやで。
今からが本番やん!!」
クルリと泰次を向き直り、吹っ切れた笑顔の小鳩を見て、
泰次はコレで明日から撮影は順調に進むな、と安堵した。
正直、泰次にとっては恵太の恋愛も、小鳩の恋愛もどうでも良かった。
仕事にプラスならば大いに結構。好きにやってくれという感じで、関心がなかった。
ただ、今は思ったとおりのいい作品を作り上げたかった。
そのためなら、小鳩を盛り立てるのも応援してみせるのも
なんてことはなかった。
しかし、そのことが徐々に歯車を狂わせる原因となるとは
この時の泰次自身も気付くはずもなかった。
泰次が小鳩に火をつけてしまいました(笑)。初めは泰次は黙って見守る設定だったんですが、小鳩と絡むことで泰次も変化しそうな気がして・・・。
わたし自身、楽しみな人物です。
さて、なんだか雲行きの怪しくなってきた恵太と亜子です。
お参りのご利益、果たして二人にはあるのでしょうか(笑)。
いつもお読みいただきましてありがとうございます。