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42・イロトリドリの花


「どうしたの?!そのお花!」


恵太の訪問に玄関を開けた亜子は、

恵太が両手いっぱいに抱えている新聞紙に無造作に包まれた花と

紙類がたくさん入った紙袋を見て、驚きの声を上げた。


「お土産。撮影で余った分貰った」


色とりどりの花たちが、そこはかとなく甘い香りを漂わせていた。

そんな花の隙間から、おどけて笑う恵太の笑顔を久々に間近で見て

温かな気持ちで胸が満たされていく。


自然に交わされる笑顔と、部屋へ上がることさえ待ちきれないキス。

届きそうで届かない、もどかしい距離を持て余した1ヶ月を埋めるように

亜子は少し背伸びをして、恵太は少し身をかがめて。

想いを伝えるかのように何度も何度も触れて離れ、離れては触れる唇。


夢中になり過ぎて、甘い雰囲気になるかと思いきや

時たま重なる瞳を探り合っているうちに

存在そのものが嬉しくて。

どちらからともなく、笑みが零れ落ちる。


「とりあえず、コレ置こうか」


「ふふっ、そうだね。あ、わたし持つよ」


花や葉に邪魔されながら交わしていたキスを思い出したら、なんだか可笑しくて。

目を合わせれば、またどちらからともなく笑い出す。

恵太の荷物を受け取ろうと手を差し出すが

靴を脱ぎながらの恵太から与えられたのは、額への優しいキス。


「もー!おでこはくすぐったいって言ってるのに~っ!!」


頬を膨らませて、おでこを押さえる亜子を尻目に

恵太はいたずらっ子のようにニカッと笑って。


「知ってる。だから、やってみた」


そういいながら、亜子が準備した恵太専用にスリッパに当たり前のように足を納める。

玄関でおでこを押さえている亜子をそのままに、亜子の部屋へと何の躊躇もなく進んでいく恵太。


あ・・・なんか嬉しいかも・・・。


その様子に、ドクンッと、小さく心臓が揺れる。


公に出来ない代わりに、二人が過ごす貴重な空間である亜子の部屋は

いつの間にか恵太専用のものや、恵太の私物で賑やかになっていた。


仕事帰りのスーパーで。休日のたまたま立ち寄った雑貨屋さんで。

日用品を買い溜める激安のドラッグストアーや、女友達と出かけたカフェで。


全ての時間に恵太は存在し、思わず手を伸ばしてしまう。

恵太の好きな細めのパスタの麺や、デザイン違いのペアのマグカップ。

歯ブラシや恵太がいつも持ち歩いてるお気に入りのガム。

ちょっと珍しいフレーバーの紅茶や、亜子お気に入りのジャスミンで香り付けされた工芸茶。


全てが恵太の記憶を元に。恵太を軸に動いていた。

まるで初めての恋愛のように、はしゃいでいる自分が恥ずかしいと思う反面。

自分もしっかりとした芯のある女性になりたいと、

背筋が伸びている自分にも気が付く。


恵太に見合う人間になりたい。

もっともっとキレイになりたい。


いつまでも側で笑っていたいから。





小さなテーブルは、色とりどりの花であっという間に埋め尽くされた。


「すごーい!きれいねー!!」


初めて見るボリュームの花々。

自然に顔がほころぶ。


「だろ?コレ、捨てるって言うから」


「え?!そうなの?!こんなにキレイなのに?!

お花がかわいそう!!」


亜子は傷つけぬよう、遠慮がちに触れていた花から視線を上げ

驚いて向かい側に座る恵太の顔を見ると、

恵太は穏やかに微笑んでいた。


「先生なら、そう言うかなって思って。これ、飾ろう?」


「うんっ!ちょっと待ってて!!花瓶取ってくるね」




恵太から聞いた映画のあらすじはこうだった。


―――――小さな街の花屋の息子である恵太演じる慎一郎が

友人に押し売られたジャズのライブで小鳩演じる沙良と出会う。

全くジャズに興味のない慎一郎だが、無類のジャズ好きで

自身もピアノを弾くという沙良に気に入られたいがために、

いきなりサックスを習い始める。

しかし、実は沙良は・・・。―――――



実際に小さな花屋を作っての撮影のため

毎日大量の花が必要になるそうだった。


「でもさ、俺思うんだけど」


花を手に取り、下葉を手際よく処理しながら

恵太がポツリと呟く。


「俺・・・撮影前に練習するなら絶対フラワーアレンジメントとか

花の扱い方だったと思う・・・。だって、サックスのシーン、

監督が言ってたようなプロ級の腕、全くいらないんだ。

『もっと下手に吹けよ!諌山恵太!』とか言われるし」


はぁ、と溜息をつきながら、時々上半身を反らせて花のバランスを見ながら

亜子の準備した花瓶に活けていく。


「なのにアレンジとか、花束とか俺に作らせて『お前、勉強不足だ!華道はどうした!!』とか言うし」


亜子は、くすくす笑いながら恵太の処理した花びらや葉、茎をビニール袋に入れ、

黙ってその話を聞いていた。


最近の恵太は、よく話す。


もともと主語と述語しかないような単語で話す恵太が

こうやっていろんな話をしてくれるのが、嬉しかった。

自分にだけ見せる、その顔が。

だから黙って、ときどき相槌を打つだけ。

恵太が話すのを心地よい音楽のように

身を委ねて楽しんでいた。


ふと、床に置いたままの紙袋から

パンフレットらしきものを見つける。


「あれ?恵太君、これなに?」


そう聞きながらそっと紙袋を開けると―――――・・。


「わぁ、すごいいっぱい・・・」


東西南北。

都心から日帰りでも行ける様なところから、1泊したいようなところまで

いろんな観光スポットの旅行パンフレットだった。


「あー・・・。うん」


恵太が少し顔を赤くして、ぴたっと手の動きが止まった。

亜子から目を逸らしながら、頬を掻いた。


「郊外なら・・・。学校のやつらに会うこともないし・・・。

手・・・繋げるかなって・・・。ごめん・・・なんか、俺・・・

ガキ、だよな・・・」


最後のほうは耳まで赤くしモゴモゴと言葉にならない小さな声になる恵太を見て。

なんて幸せなんだろうと思った。

純粋に自分に向かってきてくれて、惜しみなく感情をぶつけてくれる。


さっきまで軽快に活けていたその手は、今は茎をくるくると

手持ち無沙汰に回転させているだけの恵太。

その姿に亜子は完全にヤられた。


「うん!そうだねっ。わぁ・・・どこがいいかなぁ~♪あ、ここ行ってみたかったんだよね~。

あ、ここもいいなぁ!」


亜子は、わざとらしいくらい、一段と声のトーンを上げて

恵太の持ってきたパンフレットを広げてはしゃいでみせる。


「え!どこ?!」


その様子に、恵太は弾かれたように亜子の隣へ四つん這いで

高速移動し、覗き込んでくる。

チラリ、と横目で盗み見すると亜子の言葉に安心したのか

目をキラキラさせ、嬉しそうにパンフレットの写真を指差し

弾んだ声の恵太がいた。


こういうのを母性と言うのだろうか・・・。

恵太の感情を抑えることの出来ないその笑顔が、愛しくてたまらなかった。

自分よりうんと大きい恵太を、守ってあげたいと強く思った。


「恵太君・・・」


すぐ隣にあった恵太の横顔・・その耳にちゅっ、と音を立ててキスをする。

途端、恵太が何かに弾かれたように亜子の隣から飛びのいた。


「なっ・・・・・!!!!!」


やっと引いた恵太の顔の赤らみは、いきなり沸点に到達したようで。

シュンシュンと音を立てそうなくらい、熱を帯びていた。

今亜子の唇が触れた耳を押さえて、口をパクパクさせている恵太。


「恵太君も、酸欠の金魚だね♪」


先ほど、恵太が亜子の弱点にいたずらをしたように

亜子もいたずらをして。

同じ顔をしてニカッと笑う。




・・・―――――そのあとは形勢が逆転し、亜子が敏感な部分を攻め立てられ

快感に身を委ねるということは、言うまでもなかった。


色とりどりの、花たちだけが知っている

貴重な時間を更に濃くする、二人だけの秘め事だった。











更新が久しぶりに開いてしまいました。もし楽しみにしてくださっている方がいらっしゃったらごめんなさい。


殺伐とした心持ちだったため、なかなか幸せのある風景の恵太と亜子を書けなくて時間が掛かってしまいました。


付き合い初めでしかもなかなか思うように会えない二人。

寂しい気持ちを持ちながら、生活の全ての時間相手が染み込んで一人のときも存在している風景を書けたらなぁと思って。


会えない時間もお互いを考えて、それぞれ動いていた恵太と亜子を

感じていただけたら嬉しいです。


ご覧いただきましてありがとうございました!!.

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