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41・カワイイカワイイ小鳩チャン

恵太の夏休みが始まると同時に映画の撮影が始まった。

初めてのことだらけで全てが手探りの恵太。

モデルの時とは違う空気感や、泰次独自の手段になれるのが精一杯で

押し流されるように半月が過ぎた。


「ケータっ!!なんや暗い顔してんなぁ。朝は元気な挨拶からやで~?!」


後ろから軽快な関西弁とともに恵太の背中に体当たりしてくる人物が一人。

もう毎朝の恒例行事のようになっていて

最初は微笑ましく見ていたスタッフだったが

最近は誰も気にも留めなくなっていた。


「・・・おはようございます」


「はい、おはよーさん!よう出来ました~。さて、私は誰でしょう?」


「・・・カワイイカワイイ小鳩チャン」


うんざりしながら、まるでオウムのように仕込まれたとおりの台詞を棒読みで返す。

やらないと一段と面倒くさいことになることをこの半月で学習したからだ。


「あったり~!可愛いやなんて、なんやケータ、うちに惚れてんねやろー。

もー照れてまうわぁ。付きおうてあげても、ええよ?」


ワザとらしく頬に手を添え、いやんいやんと顔をふる、小鳩こばと

――― 海月小鳩うみづきこばと ――― が、この映画での恵太の相手役だった。


今年大学2年生になるハタチだと、聞いてもないが本人が言っていた。


黒光りする見事なストレートヘアーは顎のラインで前下がりにデザインされていて

小鳩が動く度にサラサラと音を立てそうなほど繊細に揺れた。

綺麗に切りそろえられた前髪が、小鳩の意志の強そうな、大きな瞳を一段と引き立たせていたし、

スッと通っている鼻筋、ぷっくりとした小さな唇が、小さな顔に整然と配置されていて

いかにも女優という雰囲気のある愛らしい顔立ちをしていた。


黙っていれば、だ。


一度口を開くと、小さな体のどこにそんなパワーを秘めているのかと思うくらい

よく喋り、よくじゃれ付き、よく笑った。


メインの出演者が全員揃った初対面の席でも

恵太が年下と知るや否や


「うっわ、その年でその落ち着き、詐欺やん!自分老けてんなぁ!!

イケメン君、若さが足りひんで」


と、泰次よろしくけなされ、びっくりしたものだった。

唖然として言葉を失っている恵太なんてお構いなしに


「てことはうち、小鳩姉さん?!うっわぁ、ええ響き!!

しゃーないわ、姉さん呼ばしたる!姉さんが面倒見たるからなぁ♪」


と、抱きついてきそうな勢いのところを


「おい!鳩ポッポ!うるさい。恵太固まってるから。

撮影中に高校生に手出したら、お前、鳩サブレにするぞ?」


そのやり取りで一同どっと笑いに包まれ、場が和んだものだった。


その日から、小鳩は本当によく恵太の面倒を見てくれた。

現場特有のルール 


――― 例えば恵太の母親役の麻子さんは、気難しくて自分より若輩者の役者が

自分より現場入りが遅れたら、絡みの時ものすごく睨みつけられるというような裏情報から

演技中でもカメラの位置で、どう撮られるか意識しろとか、

顔のアップのシーンでも爪の先まで神経は集中しろとかいう、役者としての心得 ―――


など、事細かに教えてくれたのは小鳩だった。


スタッフの顔と名前も、小鳩が会話の中に盛り込んでくれるおかげで

自然と一致するようになってきた。


そんな小鳩をやはり同じ仕事を誇りを持って向き合っている人間として尊敬していたし

人生初の女友達って、こんな感じなんだなと、一緒にいる時間を心地よくも感じていた。



「さて、今日も頑張っていきましょっかねっ、『慎一郎くん』」


小鳩が役名で恵太を呼び、自分の右の手のひらを顔の横に置いた。


「よろしくお願いします。『沙良さん』」


恵太も小鳩を役名で呼び、その右手に自分の手を打ちつける。

パチンっと軽やかな音を立てて合図する。


これも、毎朝恒例の光景だった。

小鳩の要望で始めた、役に切り替えるための儀式。

小鳩はこの儀式の後は、

一切恵太に纏わり付くことはなく自分の世界に入った。

初めは戸惑っていた恵太も、その小鳩の変化に影響されたのか

難しかった気持ちの切り替えがスムーズに行くようになって来ていた。


奔放な小鳩に振り回されながらも、小鳩の存在は恵太の中で

信頼の置ける人物となっていた。





それからも比較的順調に撮影は進んでいった。

街は連日猛暑日を記録していて、夏真っ盛りだった。


「ケータ、今日これからご飯行きひん?」


その日の撮影が予定より随分早く終わり、

帰り支度をしていた恵太の楽屋を小鳩がノックもなしに入ってきた。


「あ、悪い。今日は約束がある」


もうノックなんて気にならないくらい、小鳩の無茶振りに慣れていた恵太は

小鳩に向き直ることなく、バッグから携帯を取り出した。

いつの間にか小鳩には敬語も気も遣わず、気楽に会話をするようになっていた。


「えー、何その約束~。うちより大事な用なん?」


「悪い。すごい大事」


不満そうな小鳩の声に、携帯を動かす手を一旦止め

軽く手を顔の前にかざして「ごめん」のポーズをとった。


正確には約束はない。

ただ、亜子と電話とメールだけの日々が

もう1ヶ月近く続いていた。

時間の拘束が厳しい中、今日ほどのチャンスが今度いつあるか分からない。


『会いたい。触れたい』


恵太は亜子のことで頭がいっぱいだった。


もう目の前に迫った今度の貴重な休みの計画も、一緒に立てたくてうずうずする。

亜子に連絡を取って会いに行こうと思っていた。


すぐに自分の荷物に視線を戻して

急いで帰り支度を進める、いつもと違う様子の恵太を見て


「あー♪もしかして、ケータ彼女のトコとか?!」


茶化すように小鳩が声をかけた。

『彼女』の響がくすぐったいような。嬉しいような。

そんな感情に少しだけ頬が緩む。


「まー、そんなとこ。じゃ、お疲れ様。小鳩」


荷物を背中に斜めにかけると。

入り口に立ったままだった小鳩とすれ違い際に

ポンポンと軽く頭を撫でて出口へと向かう。


「・・・うそやん・・・」


恵太の嬉しそうな表情と、彼女の存在を肯定した恵太の言葉に

小鳩がそのまま動けなくなっていたことを

恵太は知らないまま、亜子の元へと急いでいた。



小鳩と泰次、濃いキャラで構成されている撮影現場です(笑)。

わたし自身は、小鳩のような天真爛漫な女の子、比較的好きです(笑)。

自主性がないので、こういう引っ張ってくれる女の子にくっついて遊んでました。



注>小鳩の関西弁について。


わたし自身が昔住んでいたとある関西地区で自分が使っていたものを使用しています。ただ、わたし自身が親の転勤で関西圏をぐるぐる回る子ども時代でしたので

いわゆる『正確な?!標準的な?!』関西弁ではないかもしれません。

(何せ、ミックスなので)

誤解や不快を与えるかなぁと、標準語にしようか最後まで悩みましたが

小鳩が頭に浮かんだときから関西弁を話していたこと、小鳩の性格が一番生きるのは、やっぱり関西弁が一番と思い使用しています。


ですので、「うちとことは、違うわぁ」とか、「こんなん使わん!」など、地域によって様々でしょうが、どうか大きな心でお読みいただけたら嬉しいです。


それでは、お読みいただきましてありがとうございました。

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