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40・願い言

夜になっても暑さが和らぐことはなく、

じっとしていても汗が引かないため、仕方なく窓を閉めた。

エアコンのスイッチを入れる。


振り返ると背後では恵太が台本を片手に、床に座り込んでソファーへもたれかかり

ブツブツと呟きながら暗記していた。


思わずふっと頬が緩む。

学校では見られない、制服を着崩したラフな恵太。

そんな恵太を久しぶりに近くで感じることができて

込み上げる嬉しさを我慢できそうになかった。


亜子の視線に気が付いたのか、恵太が顔を上げた。


「なに?」


「ううん。なんでもない。今エアコン入れたからすぐ涼しくなるよ」


恵太の突然の微笑みに思わずドキっとした。

赤くなる顔を隠すようにまた窓へと向き直し

誤魔化すようにカーテンを閉めていると。


「ずるい。先生一人で楽しそう」


いつの間にか背後に来ていた恵太に

後ろからふわりと抱きしめられた。

恵太の纏っているコロンか香水か。亜子の鼻を甘美に魅了して。

それだけで心拍数が上がるのに。

亜子の頭に頬を擦り付けるように喋る恵太の声が

直接脳を揺らして、亜子を恋人だけが与えられる心地よい痺れに酔わせた。


「そ、そんなっ。ただ・・・」


「ただ?」


「久しぶりにゆっくり顔見れたから、ホッとした」


そう言いながら亜子を包み込むように回されている恵太の腕に

自分の手をそっと添えた。


「・・・ごめん、最近忙しくて・・・」


「あ、違うの!そうじゃないんだよ」


亜子は恵太の中で、くるりと向きを変えて

向かい合う格好になった。

背の高い恵太を見上げながら、そのキレイな瞳が曇っていないか確かめる。


「ほら、私も校内研修の準備とか、期末試験とかもあったし。

恵太君時間作ってくれてたのに、私の都合が付かなかっただけだもん。

だから今日こうやって会えたのがすごく嬉しかったの!」


そう言って、恵太の背中に手を回し

ぎゅっと抱きしめた。

顔をその胸にすりすりと、甘えたようにうずめると、

同じ強さで恵太も抱きしめ返してくれた。


「・・・ありがとう」


「んーん。ふふっ、恵太君のぎゅー、落ち着く~」


そう言って、ふざけたように恵太を抱きしめる腕に力を込めた。

亜子のその子どもじみた言葉に

恵太は軽く笑って亜子の髪を優しく撫でた。


「俺も落ち着く・・・。早く先生に会いたかった」


「・・・私もだよ」


恵太の仕事が忙しくなっているのは明らかだった。


泰次からのオファーを正式に受けてから

徐々に恵太の周りが騒がしくなっているようだった。


映画の撮影に備えたレッスンもそうだが、注目を浴び始めたことから

増えている新しい仕事や、単発の取材。

加えて前々からイメージモデルを務めているブランドの

冬物の撮影も今が佳境だと言っていた。


亜子はそれを恵太に負い目として感じさせるのが嫌だった。

自分と付き合うことで恵太の負担にはなりたくなかったし

むしろ、恵太の未来を思うと一番の応援団でいたいと思っていた。


それでも恵太自身は会う時間が少ないことを気にしているようで、

恵太は時間をやりくりしてはこうやって亜子に会いに来ていた。

学校からそのまま仕事に向かっていた恵太が

家へ帰る前に亜子の部屋へ寄った今日。


ゆっくりとした時が流れていた。



教師と生徒。

大事な仕事を抱えている、恵太。



堂々とデートしたり、食事に行ったり・・・。

そういうことが出来ない二人だったが、

それでも一緒にいられたら場所はどこでも良かった。


そんな穏やかな時間が大きくなると同時に。

同じ大きさで影も背を伸ばしていた。



恵太の未来に自分が邪魔になる時が来たら。

恵太がこの関係で無理をすることがあったら。



そうなった時は、全ての責任を自分が負って

喜んで恵太の前から去ろうと思っていた。



決していい加減な気持ちで付き合っているわけじゃない。

むしろどんどん恵太の存在が大きくなっていって

恵太がいてくれるから、いつも以上に仕事も頑張れる自分がいた。


それでも。

自分が応えてしまったその気持ちのせいで

恵太を困らせるようなことが起こるなら、

そのときはキチンと自分から去ろうと、せめてその覚悟だけは持っていようと

心に決めていた。



「どした?」



抱きついたまま動かない亜子に

恵太が笑いながら頭をポンポンと叩く。


「なんでもなーい。恵太君のにおい、充電してるの!

ね、もうちょっとだけこのままでもいい?」


顔を上げずにわざとおどけた明るい声で、答えてみせた。

じゃないと、幸せを感じながら『いつか』の覚悟に泣きそうになっていることを

勘の良い恵太に知られてしまいそうで。


「ぷっ。どうぞご自由に」


恵太の甘く、低い声が亜子の耳元で囁かれ、脳内に響く。

全身がゾクッと騒ぎ立ち、鼓動が一気に激しくなる。


「ねぇ、先生?」


「な、なに?」


思わず声が上擦ってしまう。

そんな亜子を知ってか、そのまま耳元で囁くように話す恵太。

かかる息がくすぐったいような、恥ずかしい快感のような。

ゾクゾクと逆立つ神経とともに胸が甘い感覚に支配されていく。


「8月になったら、どっか行こう」


「え?」


顔を上げようとしたが、恵太の大きな手が優しく後頭部を撫でていて

そっと阻止された。

仕方なく顔をうずめたまま恵太の胸の中で、続きを待つ。


「8月に、少しだけ休みが取れそうなんだ。

もし先生の仕事がなかったら、どこか行こう。

堂々と二人で歩けるところ」


恵太の胸から聞こえる鼓動が

心なしか速い気がする。


「どうしたの?無理しなくても大丈夫だよ。

夏休み、ハードって言ってたじゃない」


自分のために無理をしているのか・・・。

心配になって少し、緊張が走る。


「・・・俺が、無理。

先生と・・・手、繋いで、デートしたい・・・」


耳から伝わる恵太の鼓動が

一段と早くなる様を聞いて。



好きなのは・・・。

一緒にいたいと思っているのは、自分だけじゃない・・・。



そう思うと、先ほどまで影を潜めていた胸が

温かい、ほんわりとしたものに入れ替わっていく気がした。



「・・・アコと、一緒にいたい・・・」


「うん・・・私も。じゃぁ、8月を楽しみにしてるね。

ありがとう、恵太君」



そう答えて恵太の胸の中で、もう一度すりすりと甘えてみる。



もう、無邪気なまでに永遠を願えるほど

子供ではいられなくなってしまったけれど。



たくさんの覚悟とリスクを背負った恋だけど。

相手にも同じものを背負わせてしまう恋だけど。



それでも・・・。


それでも今は・・・。


永遠それを願わずにはいられなかった。



ゆっくり顔を上げると。


いつも飄々としている恵太が

顔を耳まで赤くして、照れ笑いをしていた。

恵太みたいな人でも、デートに誘うのに緊張したり

照れたりするんだ・・・。


恥ずかしいと言って、なかなか名前で呼んでくれない、可愛い彼氏。

呼んでくれた後は、必ず真っ赤になるんだよね。

そう思ったら、自然に亜子も顔がほころぶ。


目が合って二人で笑いあった後、どちらからともなく

唇が重なった。


お互いを確かめるように噛み付いたり、吸い寄せたり。

角度や強さを変えながら何度も何度も味わう。

久しぶりの甘い時間に夢中になりながら、

亜子は何があっても恵太だけは守り通そうと恵太のシャツをぎゅっと強き握り締めた。






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