39・スーパーマンはいらない 3
泰次は見かけを裏切るタイプだ。
傍若無人に振舞いながら不敵に微笑む泰次を見下ろしながら
恵太は確信した。
泰次は決して骨太だとか、アウトローだとか、
そんな印象を与える顔つきではなかった。
と言うか、むしろその逆。
黙ってさえいれば笑顔なんて、
その辺の二枚目俳優に引け目を取らないくらい
甘い雰囲気を漂わせていたし、
格好だって、清潔感のある爽やかな着こなしがとても似合っていた。
可愛らしいと評したいほどのくっきりとした二重の黒目がちな瞳、
すっと通った鼻筋に、血色のよいぷっくりとした整った唇。
無造作に見えるよう計算されたパーマも、
色白の泰次に良く映えるオレンジがかった明るいカラーで、
泰次の顔立ちをより甘く引き立てるアクセサリーとなっていた。
さらりと着こなしているジャケットは
恵太がイメージモデルを務めるブランドのもので
恵太に気を遣ってのセレクトだろうと安易に想像が付いた。
そんな小技の効いたお洒落と相手への気遣いを見せる
落ち着いた大人の雰囲気で、男の恵太でも
思わずじっと見惚れてしまうほどだった。
それが、だ。
その外見で、だ。
誰が口を開けばこれだけの自由奔放っぷりだと想像するだろうか。
くしゃくしゃヘアーも含め
このルックスが全て泰次の計算だとしたら。
『人は見かけによらないぜ』作戦まんまと大成功ということになる。
しかも、かなりの衝撃で。
こいつは末恐ろしいと、恵太は背筋に嫌なものが走り抜けるのを感じていた。
そんな恵太の視線など、当然お構いなしの泰次は。
カシャン、と小気味良い音を立てながら、ジッポーライターの火を消すと、
ゆっくりとその不健康な煙を肺まで届け、すーっと筋を作って吐き出した。
「俺さ、スーパーマンは要らないんだよね」
泰次は自分の膝に肘を突きながら
煙の流れる先を見つめるように呟いた。
「諌山恵太の出てたあのバンドのPV、俺の友達が撮ってんだよ。
そいつが『泰次、多分このモデル好きだよ』ってお前見せられたとき、
『こいつ、映像経験ないくせにふっとした時に絶妙な表現しやがる。おー生意気!!』
って思ったわけ。
決してうまいわけじゃない。でも、なんか気になるんだよ。お前の動き。
何でだろうと思って何度も見直してたら、
ちょいちょい、そういう・・・なんていうのかなぁ。
はっとさせられるところがあってさ。こいつ素質あるわって」
今度は恵太の顔をじっと見つめて、
立ち上がったままの恵太を座るように、手をヒラヒラと揺らして促した。
逆らう気持ちも沸かないくらい、泰次に踊らされている恵太は、
もはや従うことしか選択肢がないように、どすっと乱暴な動きで
元いた位置に腰を沈めた。
「俺が今欲しいのは、頭のいい天才肌の役者や、
何でもできるスーパーマンじゃなくて、
すげー歪んだもの抱えてるけど根性と目力のあるやつ」
そう言うと、もう一度煙を肺まで届け
今度は一気に吐き出し、話を続ける。
「もし諌山恵太が芸能人かぶれした、自信満々なヤツでさ、
『俺、結構役者向いてると思うんです』とか
『演じることに興味出てきたんです』とか売り込んできたら、
ボコボコにけなして『おととい来やがれ!!』ってこっちから断ってやろうと思ってた。」
「ボ、ボコボコ・・・」
思わず苦笑いの恵太に
泰次はいたずらが成功した子どものように
にかっと笑いながら「そう、もーボッコボコ!!」
と拳を作ってみせた。
矛盾しているようにも感じる泰次の話だが
恵太はなんとなく、泰次が自分に目を付けた理由が
分かり始めていた。
「オファーしても返事ないから『お、悩んでるな』って嬉しくなって
こっちから来てみりゃー、なんか社長さんに説教されてるし、
でかい図体してるくせに自信無さそうな顔してるし、
その割りに目だけ強くてさ。もー俺の理想どおり!!面白すぎるわ。」
この程度は泰次の中でボコボコではないらしい。
どう考えても褒められているとは思えないその評価を黙って聞いていた。
「そんなヤツが、カメラの前ではこんだけの仕事ができる。
数分のPVの中であれだけの表情ができる」
煙草を銜えたまま、資料であろう数枚の恵太の写真を手に取り
揺らしてみせた。
「俺は、こういう根性のある仕事をする諌山恵太のonにもoffにも惚れたの。
だから、今回の主役はお前しかいない。
お前撮れると思うと、楽しみでゾクゾクする」
煙草を灰皿に押し付けると
いつになく真剣な顔つきで、恵太を見つめた。
「自信ないなら、ないままで来い。自信なんて何かをやり遂げた後、
振り返ったときについてくるもんなんだ。
何もやってない諌山恵太が自信あるほうがおかしいんだよ。
そのままの、不安定なお前のままやれよ。俺が責任もっていじり倒してやるから。
諫山恵太をうまくいじれるのは、後にも先にも俺しかいないよ?」
泰次が右手を差し出した。
「やるよな?諌山恵太」
恵太は自分の中で騒ぎ出した心臓が煩くて仕方がなかった。
新しい世界へ飛び込む不安からか、自分を呪縛から引き剥がして欲しいという期待からか。
じっと泰次の目を見ると。
そこには先ほどまでのいたずらっ子のような色はすっかりと消え。
映画を愛し、本気で恵太を撮りたいと言ってくれる、
一人の監督の真剣な眼差しへと変わっていた。
断る全ての理由を絶たれた恵太は、
自信のかけらもないままに、
迷いながら自分の右手を泰次へと差し出した。
恵太、口説き落とされました。
人生の変革期って結構同時にいろんなことがやってくる(来た)気がします。
恵太にとっても、今がそれなのだと思って大切に書けたらなぁなんて思っていますが、なかなか・・・(汗)。
いいオトコに成長できるよう、またお暇なときにでも覗いていただければ
カレ、きっと頑張ります。
いつもありがとうございます。