37・スーパーマンはいらない 1
さすがに二日連続の外泊はマズかったか。
放課後事務所へ向かいながら、携帯のメールを改めて読み返す。
frm:樹
sub:緊急招集
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学校終わったらすぐ事務所。
大事な来客があるから5時厳守。
話す事は山のようにある。
1秒でも早く来ること。
場合によっては解雇あり。
―――――― END ――――――
恵太は一つ、小さな溜息をつく。
いつもと違う、樹からのメール。
『場合によっては解雇あり』
その一言に胸が苦しくなる。
樹が見ている俺は、呼び出している俺は
息子ではなく商品としての『 諫山恵太 』だ。
「樹、俺って、何?郁の代わり?」
誰にも聞こえない、今にも消え入りそうな小さな呟きを吐き出し
乱暴に携帯をポケットにしまい込む。
深呼吸を、一つ。
もうすっかり夏の気配で浮き足立つ学園の空を見上げた。
蝉は今日も力の限り忙しなく声を上げている。
俺は・・・。
一体、誰なんだ?
怪しく傾き始めた自分の思考を止めるべく
大きくかぶりを振る。
・・・集中しよう。今は。
諦めたような苦い表情をしたまま、
事務所へと向かった。
事務所に入るなり、血相を変えた佐々木が恵太を捕まえた。
「あ、恵太君、良かった。来てくれて。
もー社長、機嫌悪くてお手上げなんだよ」
恵太を事務所の廊下へ連れ出すと
心底困った顔で恵太にしか聞こえないように
小声で話す。
「すみません・・・」
「社長と喧嘩でもした?」
喧嘩・・・。
「はぁ、まぁ・・・」
いくら樹と恵太が親子だと知っている、数少ない人間である佐々木にも
さすがに無断外泊2日目です。
とは言えない。
そのとき、廊下の一番奥にある社長室の扉が開き
樹と目が合った。
「あらぁ、これはこれは、けーいたくん?」
顔は笑ってはいるが、眼光鋭く
目は完全にターゲットをロック・オンしている。
「こ、こわっ・・・」
思わず怯んだ恵太。
「さっ、け、恵太君、お客様がいらっしゃるから応接室へ行こうか!!」
佐々木は恵太の背中をこれでもかという力で
ぐいぐい押し、逃げるように応接室へと急かした。
数分後。
気まずい沈黙が応接室を漂っていた。
「別の仕事がありますから・・・」と言って
佐々木が逃げるように出て行ったため、
ここには恵太と樹だけになった。
「・・・何よ。なんか言いなさいよ」
背もたれに足を組んだまま体を預け、斜めから
恵太を眺めていた樹が口を開いた。
「・・・悪かったと思ってる・・・」
ソファーに浅く座り、膝に乗せている組んだ拳を見ながら
ボソッと答えた。
「恵太・・・。あんた、彼女でもいるの?」
単刀直入な質問に、思わず言いよどむ。
「正直に答えなさい。どうなの?」
恵太によく似た、切れ長の瞳は
恵太以上の力を帯び、しっかりと見据えていた。
「・・・いないよ・・・」
やっと手に入れた、本当に大切な人。
言えば、反対される。
言えば、力ずくでも別れさせられるだろう。
樹が本気でそれをやることを、恵太は知っている。
自分は商品だから。
「あのね、あんた分かってる?今が一番大事な時なのよ?
全ての恋愛が悪いとは言わない。ただ今は、本当にまずいわ。
時期と相手を間違うと、本当に生きていけない世界なの、あんたも知ってるでしょう?」
前のめりになりながら、恵太に掴みかかりそうな気迫で
迫ってきたその時。
応接室の扉がノックされた。
恵太は助かったと思った。
これ以上お説教と追求が続けば、隠せることも隠せなくなる。
「どうそ」
樹はまだまだ何か言いたそうな表情をしながらも
すぐに気持ちと表情を切り替えて、入室を促した。
「失礼します・・・。社長、松浦泰次監督がお見えになりましたので
こちらへお連れいたしました」
松浦泰次・・・。
その名前に、恵太の表情が険しくなる。
「お忙しいところお越しいただきましてありがとうございます。
わたくし・・・」
入り口へと移動した樹がお決まりの挨拶を交わしている。
監督と会うなんて、聞いてない・・・。
その光景を、捉えながら恵太の中で
黒い感情が渦を巻きはじめていた。
やっと亜子と進展があった恵太ですが、働く高校生にはまだまだ試練がありそうです。次回、泰次の登場で、いろいろ恵太の運命を引っ掻き回しそうです(笑)。
天才肌は、何を考えているのか分からないので恵太、戸惑うだろうなぁ・・・。
こんなせまーい場所までお読みいただきましてありがとうございました!