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34・神様、今日だけ 1


――――ピンポーン――――

「あ、はーい」


チャイムの音に返事をしながら玄関へ向かう。

先ほど、少し寄るとメールが来ていたため

相手が誰だか、分かっていた。

途中、姿見で全身をチェックし、ささっと髪を押さえ「よし」と呟く。


玄関を開けると、やはりそこには恵太がいた。


「こんばんわ。先生、調子は?」


朝と違い、今は制服姿になっている恵太を見上げるものの

まともに顔が見られない。


「あ、う、うん。もう平気。熱も下がり始めたし」


しどろもどろになりながら顔を背ける亜子を、

恵太は心配そうに覗き込む。


「・・・まだ、顔赤い」


「そ、それはっ!!」


まさかあなたが好きだと気が付いた途端、

恥ずかしくて顔が見られません、とは言えない。


「き、今日は、あ、暑いから」


夜になり、いい風が吹いている今、

明らかに可笑しい言い訳だったが

恵太はふっと少し笑うと。


「・・・だったら良かった。はい、これ」


そう言って手にしていた小さな紙袋を亜子に差し出した。

扉を押さえていた手を離し、代わりに背中を扉のストッパーにしようとしたが、

恵太がさりげなくそれを押さえ、亜子の負担にならないようにした。


長い腕が亜子の頭上を通る、そのしぐさだけでドキッとする。


「な、なあに、これ」


動揺を隠しながら受け取り、中身を覗き込むと小さな容器が二つ入っていた。

まだほのかに温かい。


「それ、鈴木さんが先生に持って行ってって」


「鈴木さんて・・・サン・ボーンのマスター?」


先日恵太と食事をした店のマスターを思い浮かべながら

恵太を見る。

恵太はにっこり笑って、亜子の手にしている袋を指差した。


「そう、先生が風邪引いてるって話したら、食べさせてやってって。

 連絡くれた」


「そんな・・・。それで、恵太君遅くなったの?」


「仕事もあったし、そのせいだけじゃないよ」


「そう・・・。なんか申し訳ないなぁ」


恵太と鈴木が連絡を取り合ったり、

仕事の合間に食べに行っていることは知っていたが

まさか一度しか行ったことのない自分にまで、こんな親切をしてもらうなんて・・・と

少し戸惑い、恐縮してしまった。


「いいんじゃない?お見舞いって言ってたから。

 今度また、一緒に食べに来てくださいって」


嬉しそうな恵太の顔に、胸が締め付けられる。

『一緒に・・・』

それを許されたら、どれほど幸せだろう・・・。


何も答えない亜子に恵太はふっと笑みを漏らした。


「じゃ、温かいうちに食べて。早く学校来なよ」


俯く亜子の頭を、恵太は空いているほうの手で

ポンポンッと2回、叩いて扉から手を離した。


背中に扉の重さを感じながら

にっこり笑って軽く片手を上げ、帰って行く恵太を見た途端――――――。



「い、行かないで!」



咄嗟に口走っていた。



その声に驚いた恵太が足を止め、振り返った。



「・・・先生?」



思いもかけない言葉に、面食らってはいるものの

心配そうに亜子を見つめる恵太。


その恵太を、亜子は今にも泣き出しそうな気持ちで

見つめ返した。


引き止めては、いけない・・・。

そう警告する頭と裏腹に、

心は恵太のそばにもう少しいたいと、声を上げてしまった。


それなのに、僅かな理性でそれ以上のことを何も言えずに、俯いてしまった。


気まずい沈黙が流れる。


恵太もどう身を振っていいのか分からないのだろう。

唖然として次の言葉を待っていたが

小さく震える亜子の壊れそうな肩を見て、ふーっと一つ息を吐いた。


そして恵太は照れくさそうに俯いて、

鼻の頭をちょっと掻いた。


「・・・じゃあ・・・一緒に食べる?」


僅かな沈黙を破った恵太の声に反射的に顔を上げる。


恵太が亜子の部屋を指差して

にっこりと笑っていた。


「う、うんっ!!」


神様・・・。どうか、どうか今日だけです。

今日だけ許してください。


心の中で許しを請いながら

その提案に思わず食いついて、

亜子は恵太を部屋に招きいれた。




・・・この日、見守ると決めたはずの恵太との関係が

許されない方向へ進んでいくことに

亜子はまだ気が付いていなかった。







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