32・存在価値 2
「ただいま・・・。先生?」
楽しいひとり遊びを終え、帰路(といっても、人様の家だが)に着き、
鍵を開け部屋の様子を窺う。
しん、と静まり返った部屋からは物音一つしない。
そのまま音を立てぬよう歩を進めると―――――。
規則正しく・・・とは言い難い、少し乱れた息遣いのまま眠る亜子の姿があった。
恵太は先ほどのように、亜子のそばに跪くと。
汗で濡れたその額に、細い、絹糸のような髪が、小さな束となって張り付く。
そっ・・・と触れ、その髪を掬い上げ、横へと流す。
「・・・ん・・・」
亜子の小さな呟きに起こしてしまったのかと、慌てて手を引っ込めようとしたが。
思いもよらず、その手は捕まった。
その捕獲主が、うっすらと目を開ける。
「けえた、くん・・・?」
亜子の、黒目がちな、潤んだ瞳に捕らえられ、恵太は獲物のように動けなくなる。
一瞬のうちに、全身の血が、頭へ逆流を始めるのを感じる。
「・・・な、なに・・・?」
恵太の表情を捉えた亜子は、安心したように微笑む。
そして、自分が捕らえた恵太の手を、強く握り締め
自分の口元に携えたまま・・・。
「けえた・・・だぁいすき・・・」
そう呟き、一点に恵太の瞳を見つめ、
満足そうに笑った後、口元に握り締めたその手の甲に
優しく口付け・・・。
そしてそのまま眠りに落ちた―――――――。
――――――そのまま、恵太が魂を抜かれたように動けなくなったのは
言うまでも、ない。