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31・存在価値 1



「扁桃周囲膿瘍ね。扁桃腺だけじゃなくてその周りにも炎症が広がった状態。

甘く見てると気管が狭くなって呼吸困難起こすわよ。こうなる前にちゃんと病院来なさい。

薬出しておくから飲みきったらもう一度受診して。

今日は点滴して帰りなさい。熱が下がらなければ入院も考えます」


亜子を運びこんだ救急病院で、当直の女性医師は、そう言った。


恵太が亜子の家へ駆けつけてみると、パジャマ姿で顔は真っ赤で

呼吸の荒い亜子が出てきた。


明らかに様子がおかしい。

そう判断し、無理矢理連れてきたのは正解だったようだ。


点滴を受ける間、恵太は1時間ほど待ち、そしてまた亜子の家へと連れて帰った。


背の小さい亜子を半ば抱えるように肩を支え、部屋へ運ぶ。

そのまま亜子をベッドに寝かせ、自分もその脇に腰を下ろした。

点滴のおかげだろうか、少し呼吸が楽になったように見えた。


「大丈夫?何か飲めそう?」

「ん。ありがとう。今は、いらない。・・・恵太君、もう大丈夫だから・・・帰って?」


まだ高い熱が続いているせいで、目が少し、潤んでいた。

関節など節々も痛むためか、ときどき苦しそうに体を捩っていた。

それでも微笑もうとする痛々しい姿に胸が苦しくなる。


「明日・・・学校でしょ?こんなに遅くなっちゃって・・・。本当にありがとう」


亜子が、視線を泳がせた先のデジタル時計は、深夜1時をとうに回っていることを知らせていた。


「俺はいいから。お医者さんがこのままじゃ脱水起こすって言ってた。

何か飲めそうなもの、ない?俺、買ってくるから」


ベッドのそばに跪き、亜子を覗き込む。

その小さな白い額には、汗が光っている。

自分が苦しいわけではないのに、自分も苦しくなる。

 

代われるものなら、代わりたい・・・。

よく耳にする言葉の感情を、今初めて知った気がした。

大事なものって、自分の体の一部みたいなものなんだ・・・。



「ありがとう・・・。今は、欲しくないの」

「じゃ、適当にいくつか買ってきておくから。ちょっと待ってて」

「でも・・・」


それでも遠慮し、何か言いたそうな亜子を遮るように立ち上がり、

恵太は玄関へ向かう。


「先生、鍵借りるから」

「あ・・・」


亜子が答えるよりも先に、恵太は部屋を出て行った。

亜子の部屋の鍵を施錠した後、軽快なリズムで階段を駆け下りる。


『このド下手!!』と罵られ、容赦なくしごかれ続けているレッスンで

身も心もクタクタなはずなのに

不思議とどちらも軽かった。

スキップなんて踏みながら、最寄のコンビニへと向かう。


先生が大変なときだ。俺がしっかりしなくちゃ。


やけに気合が入っている自分に冷静であるように喝を入れようとするけれど。

溢れてくる感情に、全くもって勝てそうにない。

絞まりなくデレーっとした自分の顔を整えられないまま、夜道を進む。


やっと会えた亜子。

嫌われたわけじゃなかったんだ。

彼氏がいたんじゃなかったんだ!いるなら今、そいつが看病しているはずだ。

病院でも医者に『あなた、彼氏?しっかり看てあげて』なんて言われたし!!!


さっきまで感じていた喉のつまりから開放され、

代わりに与えられた自分にプラスの要因。


ここ最近の憂鬱が一掃されていくのを感じながら、

俺、やっぱり先生が好きなんだ。

と、今までにない幸福感に包まれた。


自分でも馬鹿げていると思う。

単純すぎて、笑える。


それでも、我慢できない。

何でもできるスーパーマンになった気がしてくる。

今、亜子に必要とされている気がして、

自分の存在価値全てが亜子のためにあるかのような、充実感。


頭ではそれはただの自己満足でしかないと分かってはいたけれど、

心とは勝手なもので、自分の都合のいいように解釈して浮き足立っていた。

亜子の役に立てているかもしれない。

掛け値なしに、それが嬉しくてたまらなかった。


不謹慎にも、それが亜子の急病という緊急事態でも、だ。


恋は魔物だ。


恵太は若干ずれた解釈をしながら、深夜のコンビニでひとり、

笑いを堪えきれないまま、手当たり次第に商品をかごへ、バスバスと放り込む。


そんな客を店員たちが不信感いっぱいの目で見つめながら

いつでも非常ベルを押せる準備をしていたのは、言うまでもない。


まさか、それが、先ほど彼らが並べた雑誌の表紙を飾る

クールな表情の恵太とは思いもせずに・・・。







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