3・『理事長の息子』
「てか。アコちゃんは、綺麗系ではなくね?」
恵太にとって、衝撃的だった高校3年の春。新学期。
あの日から数日が過ぎ、今日は中等部の入学式ということで
講堂に全校生徒が集まっていた。
中高一貫教育の、英恵学園。
グループ全体として
付属の幼稚園・小学校・大学もあるが、
ただのエスカレーター式と一線を画し
ある程度の学力の維持と、生徒自身の方向性を見極めさせたいという
理事長の思想の元。
中高は、別モノとし付属の生徒でも中学受験をしなければ進学できなかった。
(内部進学者が優遇されるのは正直否めないが)
しかも、高校での募集は一切していないため
完全に6年間の一貫教育となっていた。
実際、一流の教育と6年間を通しての学習カリキュラムが組めるため
振り落としをしない、個性に合わせた多彩なコースや指導が功を奏し、
他校よりずば抜けた進学率を誇っていた。
また、効率の良い体型的なゆとりのある学習が可能なため、
スポーツを含む部活動が活発で。
生徒たちのon-offの切り替えに一役買っていた。
その生き生きとした文武両道で伸び伸びした生活ぶり。
保護者たちの間でも評判になっていた。
そのためこの少子化の中、毎年志願者は増える一方の有名私立といえた。
この日集まった新入学生も、保護者も、
受験戦争を勝ち残ってこの場にいるのである。
どの顔も自信と強い意志、そして少しの不安と大きな期待に満ちた顔をしていた。
理事長の古くからの友人が所有しているらしい
本物のオーケストラの奏でる曲を背に、入場してくる新入生たち。
「・・・なんか、笑えるくらい、可愛いな」
そんな新入生の顔を見ながら
恵太がいつになく穏やかな顔で答えた。
「だろ?アコちゃんは、絶対、可愛い系だって!!」
式に参加し、整列している恵太と暁は
なんだかかみ合わない会話を声を潜めて続けていた。
出席番号で並ぶと。
諌山と岡田は、隣同士だった。
「・・・は?何でそこで雛沢先生の名前が出てくんの?」
「・・・?お前、俺の話聞いてた?今、アコちゃんの話してたの、俺。
お分かり??」
雛沢 亜子。
あの日。
恵太がぶつかった相手は、幼い雰囲気こそあれど
教師だった。
「・・・さっぱり分からん。・・・あのさ、俺が言ったのは、新入生。
雛沢じゃない」
「え!恵太ってロリ?!てか、どこ?!その、可愛らしい子!!!!」
「・・・アホだろ、お前」
恵太の声なんて聞こえていないのだろう。
パイプ椅子から、腰を上げ中腰で、入場している生徒を振り返る暁。
ため息しか出ない。
「座れ。理事長出てくる」
オーケストラの音楽が、静かに鳴り止み
新入生全員が着席したのを見計らって、式が始まる。
壇上に理事長が上がる。
「おおぅ♪恵太のとーちゃん、今日もダンディー♪」
「・・・」
この学園の、というかグループ全体の長。
それが恵太の
父だった。
−−−−−理事長の息子。
・・・欲しくもない称号だった。
たおやかな笑みを浮かべ、祝辞を述べる理事長・・・
父。
不満など一つもない。
裏も表もなく、自分の芯を常に持つ、本当に人格者だと思う。
尊敬もしている。
無情の愛を注いでもらって、一流の教育を受けて。
そのおかげで自分がいる。
父の働きで、自分は何不自由ない、
むしろ他人より裕福な生活を送れている。
充分すぎるぐらい、分かっていた。
だけど。
同時にたまらなく、苦痛だった。
偉大すぎる父に、臆病な自分。
周りの人間が自分をちやほや持ち上げてくれながらも、
陰で笑っている気がした。
出来すぎる、兄と比べられている自分。
そう。
兄、郁が完璧すぎたから・・・。