24・不健全男子高生
「…それだけ?」
「…それだけ」
月曜日の朝。
恵太は教室に着くなり拉致よろしく、暁と悠斗に非常階段の一番上。
屋上への扉の前に連れて行かれた。
本当なら屋上のほうが雰囲気があるのだろうけれど、
残念ながら昨今の安全性の面から、授業での必要のない限りは施錠されていた。
暁と悠斗の目的はただ一つ。
あの日のことだ。
どんな面白い話が聞けるのかと
我慢しきれない様子の二人(特に暁)は、恵太を根掘り葉掘り、質問攻めにしてみた。
…のだったが。
「メシ喰って、送ってって…それだけ?」
途方に暮れたように、唖然として暁は聞き返す。
恵太は小さく一つ、溜息をついて
「…それだけ」
もう何度目か分からない答えを返した。
「恵太お前正気?!女と二人っきりになって家まで行って、
チューもギューもモミモミもナシ?!」
恵太の答えが嘘や冗談ではないと分かって
暁は激昂してその両手で空を揉んで見せた。
「…モミモミって…。暁じゃねーんだから。
でも、家まで上がって何もないって、修行僧みたいだな」
半ば苦笑しながら、悠斗も扉にもたれかかりながら
ポケットに両手を突っ込んだ。
「いや、家上がってない」
「はぁぁぁ?!」
恵太のまたもやな答えに、暁は空を揉む手が止まり、
悠斗も思わず背が離れた。
「…上がる必要、なかっ…」
「お前は何者だっ!ジェントルマンか?!仏か?!健全な男子高校生じゃねーのか?!
欲ってもんがないのか!この草食系がっ!!!」
恵太は暁の気迫に思いつく言い訳をしてみようとしたが
その言葉さえも途中で遮られた。
「だぁぁぁぁーーーーーーー!!!!二人っきりにするんじゃなかったー。
俺が手取り足取りだなぁ…」
暁は頭を抱えて、その場にしゃがみこむ。
そんな暁の様子の意味が分からない恵太は
困った顔をして、一言ごめん、と謝ってみた。
「まぁまぁ、暁の気持ちも分かるけどさ。恵太らしいじゃん?」
暁の肩をポンポンと軽く2回叩いて
悠斗が笑いを堪えながらフォローに回った。
「らしいって…。らしいにもほどがあるだろーよ」
本人いわく、健全な男子高校生の暁は
ショックを隠しきれないようにヨロヨロと立ち上がった。
「あぁぁ…俺は何であの日、ヒロさんと酒なんか飲んだんだ…。
あの時間を返してくれ…」
どうにも納得がいかないらしい。
暁は魂を抜かれたようにブツブツとつぶやきながら、
手すりに寄りかかるようにしながら階段を降りていった。。
そんな暁のあとに恵太と悠斗も続く。
暁と少し距離が出来たあたりで
不意に悠斗が恵太の肩に手を置いた。
「ま、あれだ。。
あいつも、あいつなりにお前のこと応援してるみたいだから」
「…おう」
恵太自身も分かってはいるのだが
どうも自分はズレているらしい。
亜子が男といるのを見てイライラしてしまうのも、
一緒にいて楽しいのも、触れて幸せな気持ちになるのも
自分が亜子を好きだからだ。
そう気付いただけで、今は満足していた。
亜子が自分をどう思っているかは、気にならなかったし
暁の言うような、この先どうなりたいとかこうなりたいとか、
そういう欲が思いつかないくらい自分の気持ちが分かって爽快だった。
暁に言ったら「幼稚園児か!」と殴られそうな、
恋っていいな、なんてこっ恥ずかしいことを
真剣に感じていたのだった。
それに。
あの日、暁や悠斗に言わせれば朝飯前なんだろうが
一つだけ進展したことがあった。
人には教えたくない、秘密に
恵太は人知れず幸せをかみしめていた。
「…ま、俺らに言えないようないいことあったみたいだし?
いいんじゃないの?お前はそのままで」
悠斗が恵太を追い越し際に、そう言ってニッと笑った。
不意打ちに、思わず心臓がドッと騒いだ。
「何で?」
「恵太、すげー機嫌よさそうな顔してる」
振り返ってそう言うと、
軽快なリズムを刻んで、一気に階段を降りて行った。
…。
一人取り残された恵太は、意味もなく
自分の頬を手のひらでさすってみた。
「こういうのって、顔に、出るのか…?」
…気をつけよう。
そう思いながら、恵太も足早に教室へと足を動かした。