23・帰り道 2
亜子が驚いて振り返ると、
思った以上に近くにある恵太の顔に、一瞬呼吸すら忘れた。
自分より、うんと身長も大きいのに、むしろ自分より小さいんじゃないかって思える顔。
真っ直ぐに自分を見据える大きな、それでいて、意志の強そうな切れ長の瞳。
物言いたげな、口角の上がった唇からは優しい言葉しか聞こえてこない気がする。
街頭を背に受け、恵太の顔は逆光になっていたが、それでもその、
幻想的に浮き上がったような、恵太の表情に言葉を失くしていた。
ほんの数秒の沈黙に耐えた後、
やっと出てきた言葉は。
「は…離して…」
何かに惚けたようにつぶやくと
「いいけど…ぶつかるよ?」
「え?」
思いもよらない言葉に顔を進行方向へ戻すと、
寸出でぶつかる状態で、中年の背広を着た男性の集団があった。
「あ、ご、ごめんなさい…」
急に恥ずかしくなって、俯きながら謝ると、
いやいや、と軽く片手を挙げ、その集団は何事もなかったかのように
二人を迂回し、去っていった。
「大丈夫?飲みすぎた?」
笑いを堪えている恵太の優しさに、
不覚にもじわり、と目元が潤んできた。
「…ッ…」
「…先生?…気分悪い?」
亜子の様子に、笑いは消え、体をうんと屈め、亜子の顔を覗き込む恵太。
その瞳に涙が揺れていることを確認すると、まず体調を心配したのだった。
こんなにも身勝手な亜子に、愛想を尽かすでもなく
逆に心配までされてしまい、情けないやら恥ずかしいやら…。
ただただ首を激しく振ることしか出来なかった。
「あのさ…。俺も男なんだよね」
亜子が、体調が悪いわけではないと分かった恵太は
一瞬緊張していたその表情を、柔らかく崩した。
思いもよらない言葉に、亜子は顔を上げ、
自分に合わせてくれている、その顔を見た。
「先生がオトナだろうと、同級生だろうと、コドモだろうと。俺、一応男なんだ」
恵太の言いたいことが分からなくて、涙を溜めたまま、見つめ返す。
「好きな人と一緒にメシ喰いに行ったら、奢りたいって思うし」
亜子の大きな瞳から溢れていた水滴は、
ぴたりと止まった。
何事もないように、今、何かさらりと、聞こえた。
もう、何年も聞いていない、体の心まで
満たしてくれる、心奪われる人からの、一言。
「その辺カッコつけさせてよ。笑ってありがとうって言ってくれたら、それでいい」
亜子をひきつけてやまない、恵太の、目元を少し下げた
凪のような笑顔に浮かされたように、操られたように、口元を動かした…。
「あ、ありがとう…」
その、魂の抜けたような、全身が痺れた感覚のまま。
思いもよらない言葉に、不意打ちを食らったコドモそのものの亜子を見て、
恵太は満足そうに、少し照れたように、破願すると
「どういたしまして」
そう言った。
そして自然に。
本当に、ごく自然に。
亜子の小さな、華奢な手は…。
恵太の大きな手のひらで、すっぽりと包み込まれた。
「先生。帰ろう?送っていく」
まるで人間の大きさ、心の大きさを
表しているかのごとく、亜子の手をすべてを包み込んで恵太の手の中に納まった。
自分の手が、恵太君の手の中にある・・・。
それを客観的に見つめれば見つめるほど恥ずかしく、
思わず目をそらした。
そして俯いたまま。
逃げ出したいけれど、そんな勇気もない気持ちを抑えて、小さく頷いた。
まだ、受け止める余地がありそうな、大きくて温かな、手。
亜子の様子を見て、恵太は少しだけ握り締める手に
力を込めた。
その手の強引ではない強さと温かさに、顔から火が出そうになる。
だけど、心地よいその、自分とは違う感触にしっかり引かれながら
なぜか戻れなくなりそうな恐怖と、戸惑いと。
それに勝る期待感や高揚感に全身が冒されていくのを感じた。
熱に浮かされたように、覚束ない足を必死に動かしながら
亜子は恵太の背中を追う。
そんな、今までにない逞しい異性の背中をただただ、見つめながら――――――。
亜子は、頭の中から聞こえる大きな大きな警報音を聞いていた。
それは、緊急警報なのか、幸福の鐘の音なのか…。
―-――-― 考えたくない。 ―-----
追い払うように頭を振りながら、今は、今だけは。
その温かな優しい帰り道に、身を委ねようと思った。
想定外!!!
恵太、想いを告げちゃいました(°Д°;≡°Д°;)
思った以上の展開です。
本当は、もう少しグダグダの予定だったので…。
これはこれで「あると思いますっ」
と言っていただけたら幸いです。
先日ユニークアクセスが1000を越えていました。
こんな拙い言葉遊びにお付き合いいただきましてありがとうございます。
また感想や一言いただけますと、馬ニンジンのわたし。
俄然やる気になりますのでお暇なときは、残していただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします。