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18・思わぬ人物

金曜日の夜ともなれば、9時を回ったと言えども

まだまだ、夜は今から!!とでも言いたげに賑わっていた。


あの後、笑いを堪えるのに必死な恵太の背中めがけて、

慌てて駆け寄った亜子。

やっと追いついた狼狽している亜子の顔を見たときには

もう我慢できないと言った風に恵太は吹き出していた。


からかわれたと分かって、亜子はその可愛らしい頬を少し膨らませて

真っ赤になったものだったが、あまりに楽しそうな恵太の、

その笑い顔に起こる気力も失せ、今はお店選びに夢中だった。


「先生、オススメの店とかないの?」


恵太にいいところを見せて、オトナな雰囲気を醸し出したい亜子は、

自分の世界に入り、必死に情報誌の過去記事を思い出していた。


が。なぜか今まで感じたことのないような視線を感じて辺りを見回すと。

どういうわけか、全員と目が合うような気がする。


賑やかな大通りを歩いていると、道行く女性、そして男性までもがすれ違い様、

2人を振り返る視線に亜子は気がついた。


その原因は、今亜子の隣にいる恵太。


並んで歩きながら、チラリ、と恵太を盗み見する。


すらりと手足の長い、長身の躯体。

無駄なものが何もついていないようで

服を着こなすために装備された、筋肉という言葉を持たない武器。

直接見たわけではないが、服から隆起する、嫌味のないボディーラインが

ただ絞っているだけではない事を物語っていた。


モデルという、常に新しい感性やセンスに曝されていながらも

流されすぎない、流行を追い求めすぎない、

飾らないシンプルな恵太らしさが漂う。

自然体なのに、絶妙なバランス感覚で着こなされているファッション。


意志の強そうな切れ長の瞳なのに、笑うと流れるような柔らかい目元の曲線。

なのに常識を覆すほどその瞳が顔を占める面積は大きく、

見る人にキツさを与えないのは、その目元の角のなさと。

穏やかにあがった口角のせいもあるだろう。


小さな顔に、一分の狂いもないように

理路整然と配置されているパーツ。

それぞれが主張しすぎていないのに、誰もが目を引くとしたら。



やはりそれは恵太に惹きつけるだけのなにか、があるとしか言えなかった。



そんな、偶然なすれ違いでも振り返らずにはいられない、

そのルックスとオーラで、立ち居振る舞いまでも注目される。

魅了していることなど知る由もない本人は

見られていることにすら、無頓着のようだった。



と同時に、隣に並ぶ亜子は、気後れしていた。



お世辞にもスタイルがいいとは言えない、幼児体型の自分。

身長も、どう考えて、最近話題の『Sサイズ』だった。


「大丈夫、身長はね、小学生のうちに伸びるタイプと、

中学生になってグンと伸びるタイプといるから!!」

と、両親、親類を始め、友人などみんなに励まされた小学校時代。


しかし中学生になっても、高校生になっても

地味にしか変化しない亜子を見て。

最後には「女の子は小さいだけで可愛いからいいのよ!!」

と、よく分からない理論とともにちびっ子の烙印を押されてしまった。


成人してからも、夜の飲食店街で職務質問をかけられ、身分証を提示したこと数知れず・・・。

もはやサークル内では、その回数は伝説化していた。


これじゃいけない!と、様々な雑誌を買い込んでは。

頑張って雑誌を参考にしてみても、ギャル系にもおネエ系にもならない。


服に着られてしまう自分が嫌で仕方なかった。

化粧栄えしない童顔な自分も、

目元にある、『わたし、泣きます!!』と言っているような泣きボクロも。


思わず自分の、うんと背伸びしたヒールのある足元を見ながら歩いていると。


頭の上から、恵太のふき出した声が聞こえた。


「先生、大丈夫?一人で百面相」


顔を上げると。

街頭に照らされ、逆光を受けているのに恵太のパーツだけが浮き上がっているようで。

悩みのなさそうな、恵太の笑い顔が降ってくるような錯覚に陥る。



「だ、大丈夫ですっ!先生、オトナだから!!」


なぜか悔しいような気がして意地悪を言って

ぷいっと顔を背けてみたものの・・・。




・・・先が続かない。




恵太はよほど呆れたのか、驚いたのか。

恵太の気配がない事を察知して、亜子は振り返ってみた。


すると恵太は、立ち止まって角から裏道へと続く方向を見ていた。


「恵太君?」


訝しげに聞くと、恵太は亜子のほうをチラリと見て、視線を戻しながら

おいでおいでをするように手招きをした。


引き寄せられるように、恵太のほうへ戻って同じ方向へ視線を移してみる。


「あれ・・・。こんなところにお店なんてあったのね」

「ピザ&パスタ・・・サン・ボーン・・・。サン・ボーンってあの、サン・ボーン?」


ヒトリゴトのようにつぶやく恵太。

亜子も、その名前には聞き覚えがあった。


「サン・ボーンって言ったら・・・デビッド?」


ポツリと言ったつもりが恵太にはしっかり、はっきり聞こえていた。

亜子を惹きつけて止まない、凛とした、流れるような瞳を少し見開き、

声色も若干興奮しているようだった。


「え、先生、知ってる?デビッド・サンボーン」

「えっと・・・、アルト・サックスの?」


二人は互いを指差し合い。


「「泣きのサン・ボーン!!」」


二人の声が重なった瞬間。


亜子はつい先ほどまで感じていた、コンプレックスも忘れていた。


幼く見えるから嫌い!と言っていた

どんぐりを横にしたような、その黒目がちな瞳を、

惜しげなく緩めた、子どものような笑い顔で、恵太に向かっていた。





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