16・反則技 ~亜子編 2~
「あのね、岡田君に『恵太と会えたら
電話くれ』って言われてたんだった」
その亜子の言葉に、今度は恵太が射抜かれる番だった。
今、恵太って・・・。
恵太のすぐ隣で、見上げるように恵太を窺っている亜子。
暁のセリフとして言われたと分かっているのに
なぜか、どんっと、一瞬胸が高く跳ねた。
「・・・恵太君?」
あ・・・、まただ・・・。
自分の名前なのに、初めて聞く名前のような響き。
激しく騒ぐ心臓と裏腹に、呼吸はその役目を一切忘れていた。
恵太だって全く恋愛経験がないわけではない。
彼女が出来れば当たり前のように名前を呼ばれたし、
彼女でなくとも、名前で呼ぶモデル仲間なんて、それこそゴマンといる。
別にそれを特別意識したこともなければ、
驚くこともなかった。
それはただの無機質な、ただの「名前」でしかなかったから。
でも。
今、亜子に呼ばれたとき。
まるで自分の名前をはじめて知ったような錯覚に陥っていた。
無機なものが、急に生命を与えられ有機となったような。
あ・・・。
俺、恵太って言う名前だった・・・。
自分の名前が彩付き、今初めて生まれたような、
不思議な痺れ。
固まったまま、目を丸くしている恵太を見て、
亜子は「?」といった感じで首をかしげていた。
「おーい、恵太君?聞いてる???」
ぐいっと、さらに恵太に近づき、一生懸命手を伸ばして
恵太の顔の前で手を振って見せた。
色白の、小さな顔を縁取るようにふわり、
と巻かれた艶のある髪。
亜子の動きにあわせて、小さく跳ねるように揺れる。
「あ、あぁ、悪い。じゃ、これ・・・」
吐いているか吸っているか、分からないような呼吸をしながら
なぜか震えている指で、暁の番号を表示させた。
発信ボタンを押したあと、亜子の手のひらに乗せる。
「ありがと」
亜子がふわっと笑いながら、受け取る。
亜子から漂ってくる、ほのかな薫りが
恵太の鼻腔をくすぐった。
その、甘い薫りを感じながら
小さな横顔を見つめ。
反則だろ・・・。
赤くなる顔を隠すように手で口元を覆い、
誰にも聞こえないほど小さな声でそう呟いた。
あぁっ、なんか、想定以上に恵太も亜子も初々しい・・・。
でも、書いているうちに自然と動き出した感じなので、そのまま、えぃ!!
と書いちゃいました。
好きな人から苗字じゃなくて名前、呼ばれるの、なんだか嬉しかったよなぁ・・・。