10・苛立ち
突然のゲームの提案に、視線が暁に集まる。
「亜子ちゃんにすごく有利なゲーム、しようよ。
亜子ちゃんが勝ったら、俺らのこと、学校に言うも言わないも文句言わない。
でも、亜子ちゃんがもし負けたら、そのときは俺らのこと、見てない事にしてくれない?」
無言で考える亜子。
「ヒナ?何やってんの?」
隣の部屋から、廊下に一人の男性が
出てきた。
亜子のことを『 ヒナ 』と、呼びながら。
「トイレ行ったっきり帰ってこないから、酔いつぶれてるのかと思ったら・・・。
若い子にナンパされちゃった?」
からかうように亜子に笑いかける。
ただし、恵太たちには笑顔の影から、鋭い視線を向けて・・・。
「ヒロ、違うの。この子達・・・私の学校の生徒なの」
困ったようにヒロと呼ばれる相手を見て、
それから恵太たちに視線を戻した。
小バカにしたような男性の視線。
亜子は亜子で『この子達』なんて。
たいした年の差もない、
昨日今日あったばかりの新任の教師に、
急に土足で上がりこまれたような感覚。
なぜか分からなかったが、恵太は無性に腹が立ってきた。
「年上の女になんて、興味ないんで。
充分足りてます」
そこにいる全員がぎょっとした。
「け、恵太?」
「ちょ・・・、お前、どした?!」
慌てふためく暁と悠斗。
それ以上に一番驚いていたのは、亜子だった。
ヒロと呼ばれた男性をじっと見据えたまま
睨むでもなく、怒るでもなく。
ただ冷静に一本芯の通った目で、完全に相手の動きを封じ込めていた。
そんな恵太を、大きな目を一層大きくし、
驚きの表情で見つめていた。
亜子も複数の友人と飲んでいたのだろう。
騒ぎを聞きつけて、隣の個室から複数の男女が出てきた。
「俺たちが飲み会してたことは事実です。
校則違反どころか法律違反だし。
後は煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。
ヒナサワせんせい」
恵太は低い声でそういうと、
最後は『せんせい』をわざと強調して亜子の目を捉えた。
一気に空気が凍りつくのが分かった。
「・・・俺、帰るわ」
恵太は表情を緩め、暁と悠斗に向き直ると
部屋へ荷物を取りに戻った。
部屋にいる3人の女子大生に軽く謝って、
テーブルに数枚のお札を置くと荷物を持って出た。
「また連絡するわ」
暁と悠斗にそう言うと、
亜子とヒロには目もくれず、
真っ直ぐに店の出口へと向かった。
恵太に軽蔑された態度を取られたからか、
恵太を怒らせた後悔か。
はたまた教師としてのプライドを傷つけられたからか・・・。
一度も振り返らなかった恵太は
亜子が顔を真っ赤にして、瞳を潤ませていることには
気付かぬままだった。