1・春の日
「よ、有名人。駅前、ド派手に出てたねぇ」
靴箱で靴をしまおうと屈んだ恵太の背中に、
冷やかしのような、からかってるような軽いトーンの声が降ってきた。
恵太は、はぁ、とひとつため息を吐くと、
「やめろ。知らん」
顔を見なくても分かるその声の主に答えた。
「まぁたまたぁ〜。あんな大手メーカーのモデルやってる本人が見てないわけないじゃ〜ん」
さっさと教室へ向かおうとする恵太の前に回りこみ、
屈託のない笑顔でさらに続ける。
「びっくりしちゃったよ〜。電車降りてすぐさ、目の前のビルから恵太がこっち睨みつけてんだもん。 俺、思わず謝りそうになったわ」
「なんだ、それ」
恵太も思わず苦笑いになる。
思ったとおりの声の主、岡田 暁にチラリと目をやる。
恵太と暁。もともとそんなに仲が良かったわけではなかった。
昔からやんちゃで、常に楽しいことを探し回って
誰とでも昔からの友達のようになれなれしく接する暁を、
どちらかといえば、苦手にしていた。
校則ギリギリの明るくした髪。
これまた校則ギリギリに伸ばしていた。
当然生活指導の教師に目を付けられるわけだけど、
あれこれうまく言いくるめて
のらりくらりとかわしていた。
それが、だ。
ある日突然、パーマヘアーでやってきたかと思えば
「生まれつきの天パです!!!」
と、言い放った。
その、一発でばれるドでかい嘘を堂々と、
しかも真顔で言ってのける図太さに
「こいつ、面白い・・・」
と、素直に思ってしまい噴出してしまった。
暁の突っ込みどころ満載の、その嘘に
凍りついた教室が、恵太の笑いをきっかけに一斉に緩んでしまい、
教師までも起こる気力をなくしたということがあった。
恵太たちのクラスの生徒は、成績上位者だけの特別クラスということもあって
結構自由が許されていた。
やることをやれば、ある程度大目に見てくれるという
アリガチな光景が、このクラスにもあった。
その日以来、なんとなくつかず離れず。
干渉されることを嫌う恵太には心地の良い距離で、つるむことが多くなった。
「・・・休みの間に、一段とキツくなった?天パ」
嫌味のつもりで言ったが、暁はしごく嬉しそうに、大きな笑顔を向けた。
「あ、わかる?そうなんだよ。この前知り合った女が、美容師でさ。
店閉まった後にタダでやってもらったんだ。カラーも、思ったとおりに調合してもらってさ!
んで、その後・・・」
聞いてもない事にまで話が及びだしたので
よくしゃべるな、と思いながら適当に相槌を打った。
ひとしきり、その美容師とのあれこれをしゃべって
渡り廊下に差し掛かった頃、
暁が思い出したように付け加えた。
「あ、そだ。恵太金曜日の夜、空けといて」
「・・・なんで?」
「合コン♪」
「断る」
即答した恵太に、可愛くおねだりをするように
両手を顔の前で合わせた。
「頼むっ!この通り!!もう恵太連れて行くって約束しちゃった」
恵太は心底嫌そうにため息をついて、
暁をにらみつけた。
「・・・」
「や、あのさ。女友達と飲んでるときに、雑誌にお前が載ってたんだよ。
あの、例の日本初上陸のブランドのヤツ。
『あ、恵太じゃん。俺こいつと友達』って言っちゃったら大騒ぎだよ。
ナマの諌山恵太見たい!!って。断れなくなった」
「俺、聞いてないし」
「だって聞いたら恵太、絶対OKしないじゃん」
分かってんなら誘うなよ。
そんな思いを込めて、さっきよりも長く大きくため息をついた。
恵太は暁とは違い、あまり賑やかな場所が好きではない。
というより、苦手かもしれない。
別に女の人が苦手とか言うことではない。
綺麗な人を見たら、綺麗だなぁと思うし、
グラビアアイドルの谷間を見れば、おお!とも思う。
ごくごく一般的な男だと思う。
もちろん女の子と付き合ったこともある。
全く未経験というわけでもない。
ただ、仕事柄、いろんな女性を見ることが多く
見かけだけの華やかさの裏にある、極端な二面性を見たりするので
どこか距離をとってしまうのだ。
また、合コンのようなコミュニケーションを楽しむ場、
あわよくば恋人候補を見つけましょう!
といったノリやテンポのよさを求められるのが、
本当に苦痛だった。
「・・・俺、クライアントのパーティーも事務所のパーティーも
逃げ回ってるくらい、嫌いなんだけど」
「ややっ、そんなに固くも派手でもないから!!ただメシ食うだけだからさ!!!」
暁も約束してしまった手前だろう。
かなり必死に食いついてくる。
「頼むっ!助けてくれよ!!その子たちT女子医大の看護科なんだよ!
すっげー可愛いし、ノリもいいから絶対恵太も気に入る子がいるから!」
「・・・ますます興味ない」
そういいながら、暁を振り切るように歩くスピードを上げた。
ぷいっと横を向いてずんずん進んでいたその時。
「あっ!恵太!!」
「きゃっ!」
暁が声をかけたときには、
誰かにぶつかったらしく、胸の辺りに軽く衝撃を受けた。
「あ、すみませ・・・」
謝ろうと顔を向け−−−・・・。
恵太は言葉を失った。
初めまして。里中とおこと申します。
人前に出る仕事、モデルをしているけれど、その器用な仕事振りとは裏腹に、
人間関係、特に恋愛には不器用な高校生が、年上の教師に恋をするお話を
書いていけたら・・・と思っています。
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