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ウ必山  作者: 索☆創
4/4

「手筈、整いましてございます」

 吉良邸の庭は壮観としか言い様のない有り様だった。

 武士、藩士、家来。

 密書を届けてくれた各藩からの援軍がそれぞれ百。


「うちの警備にも人手が要りますので」と。

 わけがわからず、首をかしげたくなる理由で減ってはいるが、吉良家家臣と合わせれば四百七十。


 赤穂の浪士が何人来るかはわからないが、たぶん圧倒できるはずだ。


 □□□


「なぜでございます! なぜ!」

 それを聞いたのは偶然だった。

 馴染みの蕎麦屋───生姜の効いた味噌だれの美味しい店───で小耳が挟んだのだ。


「・・・吉良・・・」

 目ざとく、というか耳ざとく。

 使える家の話が近くから聞こえてくれば、耳をそばだてても許されるだろう。


「間取り・・・襲撃・・・決行」

「日取り・・・確実・・・本人」

 話の内容が敵討ち、という名の討ち入りならなおさらである。

 もう、蕎麦どころの話ではなかった。

 味のしなくなった麺を───機械的って言うほど江戸時代に機械はないから───からくり的に口に運ぶ。


「はい。お客さんお代わり、お待ち」

 ・・・怪しまれないよう平らげたせいろは旨かったが。


「赤穂の浪士が攻めてくるぅ?」

 からかうように上げた語尾が腹立たしい。

 急ぎ帰って報告した上司の返事がこれである。


「何杯のんだんでちゅか~」

 う~ん。殴りたいその笑顔。

 とはいえ、上司は上司である。

 若輩者の自分が相手を殴ったところで話が進むとは思えない。


 なら。

 報告するのが、若輩者でなければどうだろうか?

 他の人に頼むのは、───

 ───もし上司の言う通りだと迷惑だ。

 自分ではなく、さりとて他人でもなく・・・。


 考えに考えた末の結論は、人を止める。

 ・・・別に化け物になるわけではない。

 手紙をしたためればいいのだ。


 それを密かに───

 吉良邸に出すのは不味いか。文字で書いたのが誰かわかるかも知れない。

 なら。

 ───他の屋敷に出せば。


 一ヶ所だと、上手くいかなかった時に詰む。

 ならば、二ヶ所、いや、三ヶ所。

 ちょうど字の大きさを見誤った包み紙が三枚。


 こうして、“ウ”“必”“山”の三通は作られたのだった。


 □□□


「いやぁ。たまには着てみるものですな」

「左様、さよう。しまいっぱなしでもなんですからな」

 将軍家光の時代からさらに一代。

 戦の音は遠ざかったが、まだまだ血の気の多い時代だ。

 先祖伝来の鎧も、刀も錆び付いてないなかった。


「しっ!」

 閉じられた門の側の武士が口に指を当てた。

 折しも降りだした牡丹雪が辺りの音を吸い取っている。


「これは」

「太鼓でござろうか?」


 トン、トン、と。

 張り詰めた皮が叩かれて、張り詰めた空気を震わせていた。

 耳をすませば小さな太鼓と共に「火の用心」と、唱える声が迫るのがわかる。


「火消し装束、か?」

「大っぴらに鎧をつけられないならあり(・・)でござるな」

 火事場で活動する火消しは火傷しないように厚手の上着を着ている。

 鎧は無理でも、鉄線を縫い付けたり、なんなら鎖帷子を着こんでいても着ぶくれした姿からは、怪しまれないだろう。


 そんな事を小声で話しているうちにも、火の用心、は近づいてくる。


 角を曲がり、吉良邸、正面へ。


「火の用心」トン。

「火の用心」トン、トン。

「火の用心」トン、トン、トン。


 一定の節で唱えられている台詞(だいし)が、かえって怪しい。

 怪しいといえば、明かりで怪しまれないように薪に油をかけただけのかがり火もだ。


「火の用心」

 その声が。


「火の用心」

 門へと至り。


「火の用心」

 その声が止んだ時が、かがり火が灯される戦闘開始の瞬間だろう。


「火の用心」トン、トン、トン。

「火の用心」トン、トン。

「火の用心」トン。

 声が去っていく。門を通り過ぎて。


 かがり火は灯されなかった。

 夜回りは何事もなかったように吉良邸の門前を通り過ぎた。


 ~時は元禄十四年(・・・・・)、霜月のお話~


 これは三通の手紙から始まる、赤穂浪士が吉良邸に討ち入る一年前の出来事。


 この出来事が歴史に何を及ぼしたのかは。


 誰も知らない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 迎撃態勢を整ったところで、通り過ぎていった町火消が面白かったです。 [気になる点] 『1年前』だと浅野内匠頭の弟・浅野大学による赤穂家再興の可能性があったので、決行の日取りまで決めているの…
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