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「ぅえ・・・」


初めて魔物と遭遇した時、私は体が硬直して何も出来なかった。


2回目は自分で魔物退治をしようと試みるも、その目の前で鼓動を感じる生々しい命というものを狩ることに抵抗を感じて動けなくなり、結局仲間が倒した。


3回目は目を逸らして魔法を放った瞬間攻撃を避けられ、反撃で自分が死ぬところだった。


その後も何度も私の失敗が繰り返されると、流石に仲間達もだんだん微妙な空気が流れてくる。

王子様は魔物のいない世界から来たのだから仕方がないと庇ってくれていたが、他人を守りながら戦えるほどこの世界の魔物は甘くない。


そんな懸念通り、とうとう王子様が私を庇って重症を負い、近くの村で休息が必要になった。

この時の私はまだ魔法という未知の力を使う感覚が掴みきれず、まだ低位の魔法しか使えなくて治癒魔法はかすり傷程度しか治せなかったためだ。


肩に深い切り傷を負った王子様は泣きじゃくる私に大丈夫だと笑いながら反対の手で頬を撫でる。

怪我による高熱のせいで顔が赤くなっていて絶対熱があるはずなのに、何も出来ない私に心配させないよう微笑む王子様に胸が痛んだ。


「ちょっと来い」


王子様が眠ったあと、看病していた私に黒髪の青年が声を掛ける。この人は魔道士のキースだ。


「・・・はい」


彼は何でも魔法が使える天才だ。だがこの世界の人であるからこそ、魔王を倒す唯一の光魔法が使えない。

その絶対の理に彼が憤りを常々感じていることは知っていた。

しかもその資格を持った聖女が私みたいな魔物一匹倒せない人間なのだ。余計に苛立ちを感じていることだろう。


「・・・・・」

「・・・・・」


彼はムードメーカーで、厳しい旅の中でも仲間達に声を掛け明るい雰囲気を作っていた。そんな普段陽気な彼が黙って私を先導する。

私はまだ旅自体に慣れておらず、一日中歩ける程の体力はないし魔物は倒せないしで自分自身をとても情けなく感じ、積極的に自分からパーティーメンバーに声を掛けられずにいた。


この世界は元の世界と違って一度人間関係に失敗したら逃げ場がない。それが余計怖く身動きが取れずにいる。

そんな自己嫌悪に落ち込み沈む私の話相手は、王城生活からの知り合いである王子様だけだった。


足手まといだとかお前のせいで王子様が怪我をしたとかで怒られるのだろうか。

びくびくしながらも逆らえずに私はひたすら目の前の背中を無言で追った。


「・・・?」

「入れ」


10分ほど歩き続けてたどり着いたのは村の外れにある古びた教会だった。

建物を見上げていると中に入るよう促され、扉を開けた瞬間つんと薬草の臭いが鼻を刺激する。


「・・・!!」


そこは病院だった。

いや病院と言うほどの設備は無い。怪我人を集めた簡易的な施設だろうか。

包帯だらけの数十人の人たちがそこにいた。

会話はなく黙々と手当をしており、患者も看護する人たちもみんな表情が暗い。


「・・・ここは」

「魔物の被害にあったこの村の人たちだ。裏には墓もあるぞ」

「っ」


衝撃を受けた。城にいた時も魔物に襲われて片腕がない人に会ったことはある。

しかし、こんなに被害の数が多かったのか。この村に来た時に見た人数の2倍はここにいるように見える。


包帯に血が滲み、肉は抉れている。

痛みにうめく声と啜り泣く人の声。

汗や血など人独特の臭いに、薬草の強い香りが混ざり合って充満している。


「・・・っ」


とっさに手で口を覆った。

平和な世界で生きてきた私にとって、目の前に広がるこの光景と臭いに正直吐きそうだった。


「・・・裏庭に行くぞ」


言葉が出ない私の腕を取り、キースは建物を出て外へ行く。

少し歩くだけですぐ辿りついたそこには決して少なくない数の墓標があった。


「・・・、・・っ、」


気づけば涙が溢れていた。でも当事者じゃないのに泣くのはだめな気がして、必死に口を押さえる。

怖いのか悲しいのか、それとも違う感情なのか。自分では分からなかった。


「・・・魔物は本来魔法使い一人で倒せるんだ」


そんな私を見ずにキースが静かに語りだす。


「でも魔王が現れると年々強くなって。ここ数年ではもう普通の魔法使いでは太刀打ちできなくなった。いまも複数の魔法使いが連携して討伐しているが、魔法の力にも限界がある」


だから、とこちらに向き直り真っ直ぐに私を見つめる。


「早く魔王を殺したい」


それは魔物一匹まともに倒せない私への叱咤だった。

キースの硬く握りしめられた手が震えているのが見えて、彼の切迫した気持ちが痛いほど伝わってくる。

でも同時に”殺す”という言葉に恐怖を覚えた。


「この村のような被害は他のとこでもざらにある。もう珍しいことじゃあない」


ヒカリが今まで生き物を殺したことがないのはエルから聞いている。

でもごめん、どうか俺たちのために早く覚悟を決めてくれないか。


そう言って、キースは私に頭を下げた。

そして私は自分の感情に蓋をして、それに「はい」と答えた。


答えるしか、なかった。





ーーーーーー


「・・・はぁ」

「ん?」


お茶を飲みながら、私はキースとの出会いを思い出していた。


「美味いな」

「ふーん。あっそ」


隣りに座る王子様がまるで貴重な飲み物を飲むかのように紅茶を味わっている。

我が家のテーブルは円卓なので口惜しいことにこの配置だ。

ちなみに茶葉はセールで売っていたお買い得品である。高級なお茶を飲み慣れている王子様の舌に合わないであろうに、相変わらずこの男は何かと私を持ち上げてくる。


「で、キースは何か用?」


王子様のお世辞を流して、私はキースに向かい合う。さっさと用件聞いてこの王子様を追い出したい。


「ヒカリはさ、国に戻らないの?」

「はぁん?」


キースはあの褒賞の日、後ろにいた。

私が帰れないと聞いて息を呑んだのはこの人だ。

だから最初から知っていた王子様と違って、一応苦楽を共にした仲だし話くらいは聞いてもいいかなと思ったのだ。


しかし私は忘れていた。キースはあほだ。

魔法に関しては王子様を凌ぐ程の天才なのだが、それ以外はなんというかポンコツだ。

真っ直ぐな性格で思ったことを直ぐ言葉に出す。他人がそれに対してどう思うかまでは考えない。

世界一の魔道士という立場なので城での身分も結構高いのだが、思ったことはストレートに言ってしまうため、よく貴族相手に諍いを起こしているところを旅から帰った後よく見かけたものだ。

しかしそれは平民でも平等に接する事ができるという良い点でもあるので、キースはどこでも誰とでも仲良くなるのが上手かった。

だが言ってしまえばそれは気さくさというか単純に何も考えず、自分の価値観の中で物事を考えているだけなのだ。


だから簡単に思ったことを言えてしまう。



「帰ってこいよ。みんなヒカリに会いたいって言ってたぞ」


私の気持ちを少しも分かっていないキースの言葉に、私はテーブルを思いきり叩きつけた。






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