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「きみがあの聖女様?」
王子様に連れられて王城の中庭に向かうと、3人の男女。
その中の艶のある漆黒の髪に水色の瞳の青年が最初に私にそう問いかけた。
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「・・・キース。どうしてここに」
年齢の割に童顔なその人は私より年上らしい。
「言いたいことは色々あるけど!とりあえずエルを連れ戻しに来たんだよ!」
「そうなの?じゃあよろしく」
「待っ、」
キースという名の魔道士は光と闇属性以外の魔法は全部使えると言っても過言ではない程の実力の持ち主だ。
おそらくそんな人材はこの世界でこの人だけだろう。
なぜキースがこの場所を知ったのかは不明だが、有能な彼は当然のように転移魔法が使える。
とりあえずストーカーを持って帰ってくれると言うのでぜひお願いしよう。
「っやめろキース」
おそらく強化魔法で腕力を上げているはずのキースの腕を外す王子様。
こちらもキースほどではないが大抵の魔法は使えるのでこちらも強化魔法を使ったのだろう。
「わがまま言ってんじゃねえ。お前がいなくなってから王城は大騒ぎだぞ!」
「・・・」
「え、もしかして無断で出てきたの?」
王子様は王子様なので世界一の魔道士であるキースも本来は礼儀を守らないといけないのだが、魔王討伐の旅で気安い仲になったので周りの目が無いと割と乱暴な言い方をする。
それにしても聞き捨てならないことを聞いたぞ。
「前からちょくちょく消えることはあったけど、こんな長期間不在になるのは初めてだ」
「前からちょくちょく」
「う」
「勇者だから身の危険は無いだろうとある程度今まで大目に見てもらってたけど、今回は長すぎだ!」
「いや、」
「いい加減戻って来い!一国の王子が1ヶ月消息不明になったら流石に何かあったのかって大騒ぎになってるぞ!」
「1ヶ月」
「すまない」
初めて知る事実にぱちくりとキースと王子様のやりとりを見る。
だんだんと下を向く王子様に私がじとっとした視線を向けてしまうのも無理はあるまい。
「でもヒカリ!元気そうでよかった。とりあえずエルを王城に送ってくるから、その後少し話したい」
「・・・」
突然言われた言葉に対して、反射的に黙ってしまった。
多分、王子様以外の仲間たちは私が元の世界に帰れないことは知らなかったと思う。けれど。
「!!」
キースは私の態度に気づかずに、転移魔法を展開させる。
辺りに水色の光で描かれた魔法陣が浮かび上がるが、その輝きがプツンと消えた。
「・・・エル、お前」
「帰らない」
低い声で苛立つキースにそっぽを向く王子様。
魔法の発動は途中でキャンセルされ不発に終わったようだ。
どうやら王子様が何らかの方法で転移魔法の起動を邪魔したらしい。
「転移魔法無効化のアイテム持ってるだろ!」
・・・転移魔法自体がレアじゃなかったっけ。そしてそれを無効化するアイテムはさらに希少だ。というか存在してたこと自体に驚くレベルだ。
「借りただけだ」
「・・・お前それ陛下は知ってんだろうな」
「これは王国のものでない。父上個人の私物だから一時的にお借りしても問題はない」
いや問題ありまくりだろ!!と頭を掻き毟るキースは相変わらず気苦労が多そうだ。いやこの場合は王子様が図太いのか?
それにしてもあの品行方正だった王子様がたとえ身内の物とはいえ、無断で他人の物を持ち出すなんて意外である。
「しばらく戻らない」
「・・・・・」
まるで魔王を倒すと誓ったときのような真っ直ぐな目でキリッとキースを見つめる王子様。
それを見て本気だと悟ったキースは一拍置いてからちらりと私に視線を寄越した。
「ヒカリが理由か?」
「・・・・・」
その質問に王子様は答えない。
それを見てため息をついたキースはくるりと私に振り返る。
「ヒカリ、ここで話すのもなんだ。家に入れてくれないか?」
「・・・・・・・・・いいよ」
ここ数日、王子様がストーカーとなっても決して踏み入れなかった私の家。
多分キースの性格上、深く考えずに提案したであろう内容に少し言葉が詰まったが、キースは特に不審に思わずお邪魔しまーすと扉を通っていった。
後ろで王子様がびっくりした顔で停止していたが、それを無視して私もキースの後に続く。
「エル何してんだよ。早く入れば」
「え、いや・・・」
おどおどしている王子様は一向に家に入る気配が無い。
私はため息を吐いて王子様に声を掛ける。
「早く入れば。虫が入るから閉めるよ」
「!!」
私の言葉を聞くや否や王子様は俊敏な動きで部屋に入り扉を閉めた。
入った後であ、いや、とかなんとか言っているが一応招待してしまった形なので人数分の紅茶を用意する。
身の置き場に困っている王子様にキースが「なんでそんなとこに立ってんだここ座れ!」と強引に座らされているのを横目に、どうしようかなーとぼんやりと考えた。
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この世界には昔から伝えられるお伽噺がある。
子供の頃から繰り返し聞かされて、誰もが当然のように知っている物語。
それはとある平和な国に突如現れた強大な闇。
闇はたちまち魔物達を従えると、善良な人々を次々と襲い暗闇の中に閉じ込めた。
無力な人々は為す術もなく絶望の中で悲しみに暮れる。
そんな中、ある日一筋の光の中からどこからともなく美しい少女が現れた。
少女は見たこともない奇跡の力を使い人々を癒していく。
心優しい少女は悲しむ人々を哀れに思い、やがて全ての元凶である闇に立ち向かう決心をする。
その旅の途中、彼女の強く優しい心に惹かれた仲間たちを得て
少女は数々の困難をくぐり抜け、やがて闇を討ち滅ぼした。
人々は少女を聖女と称え、少女は仲間であった青年と結ばれる。
天から遣わされた少女は天上には帰らず、彼女の愛した青年と人々を守るため、
生涯ずっとこの地で暮らし、世界は平和が保たれた。
ずっと、幸せに。めでたし。めでたし。
もし再び闇が世界を覆う日が来たならば、恐ることはない。
天へ祈りを捧げるのだ。
聖女様、助けてください、と。
美しく優しい聖女様はきっとまた。その慈愛に満ちたお心で、我らを助けてくださるから。