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この世界の魔法について少し触れておく。
ここにはよくゲームやアニメで見るような火・水・風・雷・土という基本属性がある。
それにプラスでレア属性の光と闇が存在する。
魔法が使える人は人口の5割程度で、それを極めれば魔法使いになれるらしい。
普通は基本属性が1〜2つ使えて、3つ以上扱える人は逸材だ。
なお光属性は聖女、闇属性は魔物しか使えない。
そんな中テンプレなのか、王子様は基本属性全部を使えるという天才だった。
剣の腕も立つし王子様のスペックは相当である。
では何故聖女が必要なのか。
それは聖女しか使えない光属性は治癒魔法と魔物を倒すための浄化魔法に特化したもの。
基本属性の魔法でも鍛えればある程度の治癒魔法や魔物を倒す力は手に入る。
王子様がまさにそうだ。先日私の怪我を治したように、軽い治癒魔法なら聖女じゃなくても使えるのだ。
聖女が必要な理由は魔王を倒すため。光属性の中でも最高位の浄化魔法を放つ必要があるからだ。
それが無いと魔王を傷つけることは出来ても永遠に自己再生し続けるらしい。
優秀な仲間たちがいても、とどめを刺す聖女が必要不可欠だった。
ちなみに基本属性の治癒魔法も軽い怪我や風邪などの病気を治すことは可能だが、身体欠損や重篤な病気の治療は聖女にしか治せない。
流石に蘇生までは出来ないらしいけど。
私が転移魔法で元の世界に戻れないように、魔法は奇跡の力ではあるが万能ではないのだ。
それでも。それでも聖女の持つ浄化魔法がないと魔王は倒せない、というのがこの世界の仕組みだった。
「魔王の存在で魔物たちの力が年々強まっている」
「もう何年も魔物たちによって多くの人々が死んでいく」
「あれが魔物によって親を失った子供達だ」
「我々の力では抑えることは出来ても倒すことは出来ないのだ」
「すまない。すまないがどうか少しの間力を貸してくれないか」
「ありがとう。ありがとう。その決断を感謝する」
「ーー必ず、魔王を倒したら。貴女を元の世界に帰すから」
ーーーーーー
「・・・・・」
チュンチュンと鳥の囀りで目が醒める。
久々に城で暮らしていた頃の夢を見た。
「・・・はぁ」
ため息を吐いてベッドから出る。
召喚されて間もない頃、私は部屋にいる時はずっと泣いていた。
知らない世界に知らない人々。そんな人たちに”魔王”を倒せと言われて多分困惑が強かったのだと思う。
元の世界では何年も社会人を経験していたので人前ではある程度取り繕えていたが、与えられた部屋に戻ると自然と涙が溢れて止まらなかった。
はじめはこの世界の一般常識や魔法の特訓、権力がありそうな人たちとの会食が多かった。
相手は施政者だ。会話の中で私が魔王討伐に乗り気でないことが分かったのだろう。
だんだんと私に魔物の被害を受けた人たちに会わせたり、親を失った子供たちがいる孤児院に訪問させたりとこの世界の実情を見せる時間が増えていった。
そんな1日が終わると私は与えられた王城の立派な一室に戻り、美味しい食事を出され、メイドさんたちは丁寧にお世話をしてくれる。
時々会いにくる王様も決して意地悪したり威張ることなく、丁寧な態度で不自由ないか何か欲しいものはないかと私を気遣っていた。
基礎体術や魔法の訓練、一般教養を教えてくれる先生たちは勉強中は厳しかったけど、プライベートでは優しかった。
そしてその合間合間にこの世界の魔物による被害の大きさを語る。
「私。私の力でしか、この世界の人たちへの被害が止められないのなら。出来るだけ頑張りたいと思います」
途切れ途切れに言った自信の無い私の言葉に、みんな笑顔になった。
片腕が無い人。
親を亡くした子供たち。
親切にしてくれた人たちの近しい人が魔物によって害されたという話。
私は、それを聞いて「私には関係ない」と割り切ることが出来なかった。
さらには魔物は魔王がいる限りこれからもどんどん強くなるという。
きっとこれからも被害は拡大していくだろう。そして魔王は聖女の魔法でしか倒せない、と。
喉と胸に何かが詰まったような苦しさを感じたが無視をして。
「魔王を倒す旅について行きます」
私は初めて魔王討伐を宣言した。
何かを殺す旅に出る、という過酷さの意味も知らないで。
ーーーーー
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
玄関を開けて、今日使う野菜を収穫しに行く。
もう恒例となった我が家の置物がこちらを見つめていた。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
あの日からあの置物は玄関前に跪くことを止め、代わりに庭に立っている木の陰からこちらを窺うようになった。
その視線は当然無視をして、庭の畑に向かい赤いトマトを収穫する。そのついでに黄色いトマトが欲しかったので新しい種を埋めて光魔法をあてる。
するとにょきっと生える双葉。
「見事だな」
「・・・!」
先程まで数メートル離れた木陰に立っていたのに、いつの間にか横に先程の銅像がしゃがんでいた。
このマネキンに見間違えるほどの美しさを持つ美貌の王子様は魔法の腕も相当だがそもそもの身体能力が高い。
不意打ちに心臓がどきどきしたがペースを崩されるのが不快でポーカーフェイスを取り繕う。
「ふん!」
「・・・・・!」
ぷい、と収穫したトマトを抱えて家に戻る。
扉の鍵は掛かっていないのだが、王子様は一度も私の家を開けようとはしなかった。
代わりに家から出るといつも近くにいて、じっと見つめてくるのだが。
「・・・そういえばお城は大丈夫なのかな」
ぽつりと呟いてハッとする。
あの国のことなんてもう知らない。魔王を倒して脅威はもうないのだ。だがしかし、ふと考えてしまう。
あの王子様は今ストーカーと化しているが、元々は戦闘面だけでなく仕事面でも大変優秀なのだ。
魔王がいなくなっても国の運営は色々やることが多いはず。きっと彼がいないと困る人は多いだろう。
王子様は転移魔法は取得していないはずなので、ここに来てからずっと城に帰ってないと思う。
彼は第三王子だが、仕事ができてコミュ力もあり、さらには剣と魔法の腕もズバ抜けているというどこの主人公ですかレベルの超人なのだ。そんな人間が国を何日も空けられるはずがない。そもそも一応王族なのにお付きがいないのはどういうことだ。
私は決まった時間に家を出るわけじゃないが、扉を開けると必ず王子様が玄関先にいる。
魔王討伐の旅の時は国の緊急時だったから別として、今は勇者という称号も得てさらに忙しいはず。
そんな重要人物が何日もこんな辺鄙な、しかも隣国にいていいものなのか?
「・・・まあ、いいか」
あの国の事情などもう関係ない。
私は思考を放棄して朝食の準備に取り掛かる。もちろん自分の分だけだ。
「ヒカリ・・・!」
そんな疑問をうっすら持ってから数日後、かつての仲間の魔導士が我が家の玄関に立っていた。
・・・王子様の胸ぐらを掴みながら。
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