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番外 α-4 ~とある二人のメリーバッドエンド~


「…………っよし」

『――っ!!』


 気合を入れて力を込めれば、いつの間にか追いついていた触手に注射器を取られてしまった。


「……何するの。返して」

『……! ……っ!』


 振り返れば案の定怒った異形がいた。

 普段ピンク色の触手は毒々しい赤黒に変化している。いつもは柔らかい弾力も、毛が逆立った動物のように膨張して激怒しているのが伺える。


 今まで一度も僕に向けれられたことの無い威嚇の姿。相手が研究員なら既に串刺しにされていただろう。

 けれど僕は少しも怖いとは感じなかった。


「……君が人と違う姿を持っていたとしても僕は構わない」

『…………』

「でもそれを君が気にして僕から離れるくらいなら、それを打つ。僕が君と同じ姿になる」


 そう言いながら近づけば、異形は膨らんでいた触手を元の太さに戻し、色はいつもの桃色に戻った。


「一緒に旅をして楽しかった。知っているよ? 君が優しくしてくれていたことを。君は食事を必要としないのに、僕の為に必ず果物や獣のいる道を選んでたよね。途中で僕が必要な小物や服を買うために、君には不要な鉱石や素材を持ってきた。無理矢理旅についてきたのは僕なのに、君はいつも危険な魔物や研究者から守ってくれた」


 研究所にいた時も、孤児として町にいた時も。みんな自分を守るのに精一杯だった。

 今まで心から信頼するような仲間はいなかったし、可哀そうと憐れむだけで何もしない大人たちしか知らなかった。

 人の姿をしながら悪魔の所業を行う研究員、親切な言葉を掛けながらも無関心な町の人。


「姿なんてどうでもいい。僕は君に救われたんだ」


 初めてだったんだ。誰かに助けられたのは。

 初めてだったんだ。温もりを知ったのは。


「僕の天使、僕の大切な人。……ツバキ」


 きっと周りから見たら僕は頭の可笑しい人なのだろう。けれど僕を救ったのはこの目の前の異形だ。


「どうか、僕から離れていかないで。僕を拒絶しないで。……僕を、一人にしないで……!」


 誰がどう言ったって……たとえ異形本人が否定したって、これが僕にとっての真実だ。


『……。……………………………………………… ……………………。…………、』


 長い沈黙の後、異形は諦めの溜め息を吐いたのが分かった。その仕草で期待に胸が膨らむ。


「!」


 うねうねとこちらに伸ばす触手に、待ち切れずにジャンプして抱き付いた。出会った頃よりも大きくなった体だけど、危なげなく受け止めた異形は相変わらず安定感がある。

 そんな僕を知ってか知らずか、殊更丁寧に抱き込まれた。


 言葉こそ無いが、愛しむようなこの行動に異形……ツバキが自分を受け入れた事を理解する。


「ツバキっ……!」

 ――パリン

「あ」

『…………』


 歓喜のあまりより強く抱きしめると、後ろでガラスの割れる音がした。振り向けば別の触手が注射器を握りつぶしている。


「……これじゃ僕、君と同じ存在になれないんだけど」

『…………』


 頬を膨らまして不満を言えば、ツバキはフリフリと体を揺らす。


「このままの僕でも側にいてくれるってこと?」


 コクリ、と頷くツバキに歓喜した。


「やったー!! じゃあこれからずっと一緒にいようね」

『……、』


 瓦礫と血液が飛び散る異様な環境の中、僕は溜め息を吐く異形に満面の笑みを向ける。

 するとそれに気付いたツバキがそっと僕を抱きしめてくれたので、もっと嬉しくなった僕は思いっきり抱き締め返した。







***


 あれから更に数年経ち、僕とツバキは人里離れた場所で暮らしていた。


 僕が気にしないと言っても異形である彼女と共に人間の町で暮らすのは難しい。


 ここは昔滅びた村があった場所らしいが、今では周りに魔物がうようよ住み着いている。そのため滅多に人が近づくことはない。


 ここに越してきた当時、案の定魔物が襲ってきたが全てツバキが叩きのめした。

 それから魔物はツバキの方が自分たちより上位だと理解したのか、以降僕らの住処を襲う事はない。



「ツバキー?」


 日課の畑の水やりを終えて家に帰ると、僕は彼女がいないことに気が付いた。

 たまに出かけることがあるのであまり気にしないが、こんな時間に姿が見えないのは初めてだ。


『…………』

「わ!」


 すると、突然目の前にツバキが現れる。


「あれ? ツバキ転移魔法使えたっけ?」

『……、』


 フルフルと体を揺らして否定する彼女を不思議に思ったが、用事があったのだと思い出す。

 ……後にその疑問の答えはこの世界にとって結構重要な事だったのだが些細な事だと忘れ、僕はその答えを生涯聞くことはなかった。


 そんな事よりもと、いそいそと持っていた小箱を目の前に掲げた。


「じゃーん! これプレゼント!」

『?』


 毎日コツコツと研磨していた物が今日完成したので、それを彼女に渡す。そんな僕にツバキは体を傾げながらも触手で器用に蓋を開ける。その中には小さなペンダントが輝いていた。


『…………』

「えへへ。素材は君が持ってきてくれた石で悪いんだけど、一生懸命磨いて装飾品にしてみたんだ。ツバキって女の子でしょ? 喜んでくれると嬉しいなあ」


 きっと第三者から見たら変な光景だろう。触手を何本も生やす魔物に宝石のペンダントを渡す人間。

 けれど僕は知っている。


「最近、人に変化する練習しているでしょ。それを見て君が女の子なんだって知ったんだー」

『……!!』


 ツバキという不思議な響きは、僕からしたら男か女か判断できなかった。


 けれど最近早朝や深夜に彼女が真ん中の胴体部分をぐにゃぐにゃと変形し、人形に変化する練習している場面を見て確信した。その姿はまだ歪でとても人間と呼べる程整ってはいなかったけれど、胸や腰部分が女性特有の曲線だったのだ。


「えへへ」


 この村で暮らすまではそんな事していなかった。

 僕としてはそのままの姿で構わないのだけど、そういう事をするということは……。


「つまり僕と一緒になりたいって、ずっと一緒に生きていきたいってことでしょう?」

『――っ!!』

「あは。可愛い。真っ赤になった」


 ピンク色の体が、隠していたことが知られて恥ずかしいのか赤く染まった。


「あはは、いた、いたいよ」


 ぷにぷにの触感で軽く叩いてくる触手に、痛がるフリをして謝る。



 研究施設やそれに関わった人たちを、ここ数年でツバキが全て潰した。

 もうこの国に人を変化させる技術は残っていない。


 ーーだから彼女が人に戻る事も、絶対にない。


 たとえ人型に変身出来るようになっても、声帯が戻るわけではないから言葉は話せないままだし、本体部分から延びる触手もそのままだろう。


 ……けれど。それでも彼女は全ての研究所を破壊し、自分を元に戻す為の研究はしないことを選択した。



「僕としてはどちらの姿も好きだけど、君がしたいようにすればいい」


 いずれこの世界で科学というものが発展する未来がくるのかもしれない。

 だが、僕らが生きている時代ではこれ以上進歩することはないだろう。



「ツバキ、ずぅっと一緒にいようね」







~とある二人のメリーバッドエンド~ end

女の子側が可愛くも綺麗でもなく、且つ人化も出来ない本当に見た目がエグい化け物の話を書きたくて…。

醜い化け物に守られる無垢な存在、という一枚絵を妄想しながら書き上げました。

いつか男女逆バージョンを書きたいなあ。


・男の子

良くも悪くも感情どストレート。精神が幼いゆえ純粋。そのうち育つかもしれない。空気を読むとか気遣いとか知らず、澄んだ瞳でどんどん我が道を行くタイプ。買い物とかは出来るけど、痛い事された記憶しかないので多分人間が苦手。


・ツバキ

ご想像にお任せ。

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