番外 α-3 ~とある二人のメリーバッドエンド~
「……ハッ。化け物め」
どのくらい時間が経ったのだろうか。僕と異形は建物の中で一番広い部屋にいた。中央の高い位置にある椅子に座る男は、全て諦めたような表情で僕らにそう言い放つ。
「我々が人類の進歩の為に技術発展を願って何が悪い」
『…………』
「あの実験はその尊い犠牲だ。栄華とは犠牲の上に立ってい……ガッ」
王冠を被った男の体に、異形が触手が突き刺した。しかしそれでも男は話すのを止めない。
「平和と、は……悲劇の上に成り立っている。少な、い生贄の上に……多くの命が助かれば……最適解ではない、か……」
椅子ごと貫通した腹からは血がボタボタと流れている。
「他の実験体は耐えられ、なかったようだが……やは、りお前は生き残ったか……」
「?」
「適用は……出来なかった、ようだが、そこはこち……らの、科学力が足りなか……たか」
『…………』
「ハハ……今回は上手く行かな……たが、いずれ、成功する日が来る、だろう……人類の進化とは、そういうものだ」
今にも事切れそうなのに、笑いながらこちらを下げずむ男は異様だった。
「我々……何度で、も繰り返す……!」
『…………』
「ツバキ……! お前た、ちはこの世界の、生贄なのだ……!!」
――ドスッ
男が言い終わると同時に、別の触手が男の眉間に突き刺さる。同時に男はグルンと白目を向き、絶命した。
「……今の、どういう…………」
『…………』
「あ。待って」
僕には男の話す内容の意味が分からなかったが、異形は理解しているようで嫌悪感を露わにしているようだった。
彼が言っていた内容も気になるが、それよりも僕は確認したいことがある。
「ツバキって?」
『…………』
その質問に異形は何も反応せず、そっと僕を地面に下ろした。
「……もしかして君の名前?」
『…………』
先程まで僕を抱えていた触手は行き場を失ったように上下にうようよと空を彷徨い、そして僕に触れることなく下ろされた。
その人間臭い仕草や出会った場所、これまで意思疎通出来た記憶を思い出し、僕は一つの可能性に辿り着く。
「……ひょっとして…………君は人間なの?」
『…………。……、』
目を見開く僕の質問に、触手が生えている本体部分がコクリと頷いた。
「……元の姿には戻れないの?」
『……、』
聞かなくても何となく分かっていた質問に、異形は力なくまた頷く。
「…………」
『…………』
どうしたらいいか分からずに、僕は言葉を失った。
すると異形が僕を持ち上げて後ろを向ける。そして倒れない程度の力でグイグイと背中を押して何かを促した。
「? 何?」
『……、……、』
「……もしかして、僕から離れようとしてる?」
『……、』
嫌な予感がして尋ねると、案の定異形はコクリと頷いた。その瞬間、ザワリと鳥肌が立つ。
「嫌だ!! やだって前も言ったよね?! 何で急にそんなこと言うの?」
押し出そうとする触手を振り払って、僕は異形に走り寄る。すると異形は触手をうねうねと轟かせて自分を指さし、そして僕を指さした。そしてまた自分を示す。
異形は話さないけれど、長年共に過ごした僕にはなんとなく言いたいことが理解できた。
「……僕が人間だから一緒にいられないってこと? そんなの理由にならない!」
『……! ……!』
「君の見た目が違うからって、そんなの関係ないじゃん!」
『……っ!』
「怒ったって怖くないもん!」
今まで僕が我儘言っても、なんだかんだ許してくれていた。
そんな異形が今、本気で離れようとしているのが伝わってくる。本気で僕から去ろうとしている。
「……っ」
――怒っていた気持ちが段々悲しさに変化して、涙が溢れた。
『……!』
「なんで、お別れしようとするの……?」
『……、』
「僕の事、嫌いになった?」
『……っ?!』
泣き出した僕にあわあわと忙し気に触手を動かす異形を見て、少し冷静になる。
「……もしかして、君と一緒にいない方が僕にとっての幸せだとか思ってる?」
『……、』
コクリと頷く異形に僕は不満を覚え、一つの決意をした。
「……それなら、僕も君と同じ姿になれば問題ない?」
『……!!』
ここに連れてこられた時、研究員が言っていた内容を思い出す。彼らは僕に何かの薬を投与すると言っていた。そしてそれを与えれば前に僕らがいた研究所で何が起きたか分かる、と。
先程椅子に座っていた男の話から、おそらくそれは人間が異形に変化する薬だろう。
適用出来なかったと言っていたから元の用途は違うのかもしれない。
けれど結果として、この仔は異形に変化した。そして僕と共に連れてこられた他の子たちは拒絶反応が出てしまったのだろう。
幸い僕は注射される前に研究所が滅びたから最後の薬が投与されてなかったようだが。
『……っ! ……っ!』
ブンブンと大きく体を横に揺らす異形。
無理もない。あの薬を投与された子供たちはこの子を除いてみんな変死していた。僕が試しても失敗する確率の方が高い。
『!!』
反対する異形を無視して、僕は地下に向かって走った。異形の移動速度は遅いとは言わないが、孤児時代に鍛えた僕の足より速くは走れない。追ってきているようだが、僕の方が一足先に例の薬のある部屋に辿り着いた。
「ハァ、ハァ……。これが……」
研究室を探れば、思ったより早くその薬は見つかった。
一つだけ厳重に保管してあったようだが、先程暴れた異形によって棚ごと壊されていたので簡単に取り出せる。
「…………」
黄色の液体が入った注射器を目前にかざす。
これを使ったら……死ぬか、異形となるのか。
ーー多分、他の子供たちと同じように僕は十中八九死ぬだろうな。
だけど温もりを知った後で孤独になるくらいなら、死なんて全然怖くない。
こんな世界であの子と別れて一人生きていくくらいなら、僕は今ここで終わりにしたい。
……できれば。異形となって、あの子と一緒に生きていきたいけれど。
「……ふぅ」
覚悟を決めたが本能的な恐怖で少し震える。僕は深呼吸をして、グッと注射器を押した。




