番外 α-1 ~とある二人のメリーバッドエンド~
本編とは全然関係無い人達のお話です。本編の登場人物一切出てきません。
前に書いてはいたのですがアップしてなかったので一応上げてみました。
なおサブタイトル通りなので、苦手な人は注意。ダークめです。
「……っあ! ぐぅ……!!」
チクリと腕を刺す痛みと共に体に走る激痛。
今日もいつもの地獄の時間が始まる。
「バイタルは?」
「まだ許容範囲です」
「……っ、ぐくぅ……!」
「ではそのまま続けろ」
「はい」
「ぐあっ……!!」
まるでこちらの状況など見えていないかのように冷たく話す会話の内容など聞こえやしない。耳はドクドクと異常な速さで刻む自分自身の脈動の音しか拾えないからだ。
「……ぁ……ぁぁあ、ああ!!」
無駄だと分かっていてもこの苦痛から逃げようと体が無意識に暴れ出す。けれど雁字搦めの拘束具がガシャガシャと虚しく音を立てるだけだった。
始めは逃げようとした。けれど子供の足じゃ大人には敵わない。直ぐに捕まって酷い折檻を受けた。それでも一日何時間も続く実験という名の苦痛の方が嫌で、自分以外にも逃げ出す子供は多かった。
しかし連日続くその対応が煩わしくなったのか、ある日見せしめに僕より大きな子が酷い処罰を受けるのを見せられた。それを目にした僕たちは、大人たちを恐れて一切逆らわなくなった。
それどころか行き過ぎた恐怖は、逃げようと考えていた子を告発する子が出てくる程だった。
それから暫く経った後、小部屋に移される。今までは実験が終わったら大きな檻に大人数でまとめて放り込まれていたのだが、次の段階に進むとか何とかと言われ、一人狭い部屋でここ数日過ごしている。
その環境のせいで、みんながどういう状況なのか分からない。……生きているのだろうか。
他の子がどう過ごしているのか気になるけれど、既に心が折れていた僕は怖くて動けなかった。
「ぁあぁぁあ」
「……50……100……200……」
「ああ…………ぁ、あ……ぁぎゃああああ!!」
「……500。これ以上は死んでしまうかと」
「チッ。では今日はここまでとしよう」
「注入停止。次のフェーズへ」
「ああ! うぐああ!! うああ!!」
体の中から破裂しそうな痛みは何度経験しても慣れない。もはや自分が叫んでいるのかさえ分からなくなるほどだ。
「では被検体AC1657を隣室へ運びます」
そう言って周りにいた他の研究者たちが、僕を拘束している台ごと違う部屋へ運ぶ。
防護服のようなものを着た彼らに助けて欲しくて縋っても、無視をされるのはいつもの事。それ以前に痛みで悲鳴を上げる僕の言葉が意味のある単語になっているかは不明だが。
そして無慈悲にも次の実験というものが続く。難しい事は分からないが、これは何かに適応したかの確認らしい。この人たちが言っている内容は僕には理解できないけれど。一つだけ確かなのは、ただ痛い時間が続くという事だけ。
「では昨日の結果と比較するので、テストA-1から順に開始します」
血管を破る勢いで流れる血流の音が鼓膜に響く中、その研究者の声がいつもより鮮明に聞こえる。反射的に悲鳴を上げ、力の限り逃げようと藻掻くも強固な拘束具が邪魔をする。
「…………っ!!」
何回も繰り返される地獄の時間。けれど逃げ出す事が恐ろしい。あの子のように、もっと怖い事が起こるのではないかって。だけどもう痛いのは嫌なんだ。
――いっそ殺してほしい。
数週間、何か月にも及ぶこの苦痛から……もう、逃げたい。
「死神でもいいから、どうか僕をこの地獄から出して……」
***
――そんな地獄の日々は、唐突に終わりを告げた。
「…………」
『…………』
周りには煙を上げながら崩壊した瓦礫の山、大量の血を流して倒れる人と逃げ惑う研究員。
「ヒッ! こっちに来るなあ! 化けもっ……!!」
言い終わる前にぐしゃりと潰れる、僕らにテストをしていた女性研究員。
「…………」
僕は呆然とこの惨状を作り出した元凶に視線を向ける。視界の先に映るのは一つの異形。
肉色の長い触手、見たことのない種類の魔物だった。
その個体は異様に強いらしく、悉く研究員たちの攻撃が効かない。それを悟った彼らが必死に隠れるも、ドロドロに柔らかい体は易々とバリケードの隙間を通り抜ける。そして何本も生えているその触手をスティック状に固く伸ばし、研究員を次々と串刺していった。
「ヒィ!! 助けてくれぇ……!」
一時間ほど経った頃、最後に残ったこの研究所のリーダーが触手に捕まって宙づりにされていた。
その人はいつも僕に変な薬品を注入する指示をしたり、見せしめを笑って見せてきた人だった。
『…………』
「何でもする! お前の欲しいものなんでもやるから!!」
距離があって細かい会話の内容は聞こえないが、研究員が叫んで必死に命乞いをしている。その姿を見て、見せしめにされた子が必死に謝っていた姿を思い出した。
「止めてくれ! これだけ殺せば満足だろ?! 死にたくな……ぅあ?」
しかし異形は研究員の言葉を聞こえないと言わんばかりに、その体を地面に叩きつける。するとその衝撃で千切れた頭がコロコロと僕の目前に転がってきた。
そこに苦痛はなく、何が起こったか心底分からないというような表情。意識が残っているのか分からないが、まだ瞼がピクピクと動いている。
「…………」
けれど今の僕にはそんな事どうでもよかった。
ただただ目の前の異形にくぎ付けだった。
『…………』
研究員の頭を追って、その異形が僕の存在に気付く。すると異形は僕にゆっくりと近付いてきた。
「…………」
不思議と怖いとは思わなかった。ここを血の海にしたのはこの異形だ。血が滴る触手は何人もの命を奪い、その見た目はスライムのようにドロドロだ。
普通なら化け物だと恐怖するところだろうが、この地獄を壊してくれた存在が、僕には天使のように思えた。
『…………』
とうとう目の前に迫った異形が、何十人もの研究員を刺し殺した触手を僕に伸ばす。もしかしてこの存在は僕も殺すつもりなのだろうか。この異形が何かは分からないが、人間を殺す魔物のような存在だろう。
「…………」
僕はそっと目を閉じた。
どうせ終わらせたかった命。別に今殺されたとしても別に構わない。
それにここから逃げたって、僕には行くあてがない。
この研究所に来る前は孤児だった。家族は知らない。ものごごろつく頃には町の片隅にいた。
町では似たような境遇の子供たちが集まって、軽いお使いや盗みのような事をしていた。
その子たちとの関係は、町で見る友達のような繋がりではない。孤児のコミュニティには僕でも理解できるような”悪い”大人が介入していたため、本当の友情なんて存在しない。あくまで協力関係だ。裏町の仕事なんて危ない事だらけ。もししくじれば簡単に切り捨てられる。下手に仲良くなれば後で辛くなるだけだ。
……まあ、結果まとめてこの研究所に売られてしまったわけだけど。
「……どうぞ」
そう言って瞳を閉じた。
できればひと思いにやって欲しい。実験のように延々と続く痛みはもう嫌だ。
それに嫌いだった研究所を壊したこの異形に、最期を看取られるのも悪くない。
『…………』
「……?」
しかしいつまで経っても来ない痛みに閉じていた瞼を開ければ、目の前の異形はその触手をぐにゃぐにゃと動かしているだけだった。
先程まで杭のように硬そうだったのに、今では蛸のように柔らかそうだ。
「!」
その動作は何だか困惑しているようだった。まるで意思を感じるようなそんな不思議な雰囲気に疑問を持つが、ついに異形がこちらに触手を伸ばしてきた。
死を受け入れているとはいえ、さすがに少し肩に力が入る。
「?」
しかし感じたのは予想していた痛みではなく、ペタペタと柔らかいものが顔や体に触れる感触だった。
まるで何かを調べるような異形の行動に疑問が浮かぶ。何がしたいのだろうか。
『…………』
それが数秒続いた後、異形は唐突に僕から離れた。そしてそのまま研究所から立ち去ろうとする。
「……! 待って!」
別に頭の中に言いたいことがあるわけではなかった。ただ、反射的に叫んでいた。
「僕も連れてって!」
そんな僕の呼びかけに異形は一瞬止まり、そして何事も無かったかのように再び歩き出す。
「待って!」
置いて行かれると理解した途端、僕は本能的な恐怖を忘れて触手を引っ張って縋った。
「行かないで! 僕も一緒に連れてって!」
『…………』
「やだ! ついて行きたい!!」
無言で違う触手に胴体を持ち上げられて、離れた地面に下ろされた。よく分からないがこの異形は僕に攻撃しないが、同時に離れようとしているようだ。
「いやだ! 離さない!」
――ダアン!
「!」
それでも必死にしがみつこうとしたら、触手を一本地面に叩きつけられた。離れた場所だったので当たらなかったが、その威力は結構なもので地面が抉れている。
けれど決して僕に当たらないように配慮されているのが理解できたので、そんな脅しは効かなかった。
「いやだ! 絶対について行く!」
『……! ……!』
「何言ってるか分からないけど聞かないからね! だって僕はここで死ねないのならどこに行けばいいんだ!」
自分でもめちゃくちゃな事を言っているのは分かっている。けれど今を逃してはダメだと直感が告げていた。
「いやなら君が、今! ここで終わらせてよ!」
『…………』
逃げようとする触手を必死に腕に抱え込んで抗議すれば、抜け出そうと踠いていた異形の力が抜けた。言葉は発しないが、なんとなく諦めたのだと理解する。
「ありがとう! よろしくね!」
『…………』
目がどこにあるのか分からないが、じっとりした視線を受けている気がする。しかしそれには気付かないフリをした。
だって僕はこの地獄から救ってくれたこの桃色の天使について行きたいのだから。