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噛み砕いたカップの欠片が肉を切り、口内に血の味が広がる。

鉄臭い味と臭いにうへえと思った瞬間、口に指を突っ込まれた。


「何をしている!」

「・・・!」


さっきまで数メートルの距離があったはずなのだが、いつの間にか目の前にとんでもない美形がいた。

ガッと顎を掴まれもう片方の手で口の中にあるカップの破片を取り除かれていく。


他人にそんなことをされて喜ぶ趣味はないので手を外そうと力を込めているのだが、微塵も動かない。

口を無理やり開けられて刺激を受けると反射的に唾液が出るので止めてほしい。

嫌悪感を感じるというより、いくら嫌いであっても人外的美貌の王子様の前でよだれを垂らすなんていやだ。私にも羞恥心はある。

そんな私の必死の抵抗に彼は全く動じず丁寧に欠片を取り除き、最後はそのまま指をぐるっと回して治癒魔法まで掛けていた。


さっきまでのもじもじは何処行ったのか。

きれいに治った口内を再度チェックされてやっと解放される。ねちっこくいじくられた私は抵抗に疲れてぐったりしていた。

ぼんやりと王子様を見れば、じーっと唾液と血でベトベトになった指を見つめている。

なんとなく嫌な予感がしたのでササッとハンカチでそれを拭っておいた。


少ししっとりしたハンカチをちょっと嫌だなあと思いながらつまむ。

いくら怪我の対処だとしても他にやり方があったはずである。おかげで乙女の尊厳が犠牲になった。

口の中を指で擦られて少しぞくりとしたのは嫌悪感だと信じたい。


恨めしげに目の前の男を見上げると、今気づいたのか近い距離にあたふたしている。

さっきの強引な姿といい今の慌てた姿といい、イケメンのそんな姿はかわ・・いやなんでもない。

見た目は最高だが過去にされた事は最低である。思わず絆されそうになり気を引き締めた。


「・・・何の用?」


まるでさっきの件がなかったかのように仕切り直してみる。

思いのほかヒヤリとした声が出た。


「、まずは謝罪を」


私の方から声を掛けると、一瞬体を揺らし王子様はその場で跪いた。

先程の情けない姿はまるで無かったかのようにしゃんとしている。


「・・・謝罪が意味のないものだと分かっている。でもまずは謝らせてほしい」

「・・・・・・・」


そこは分かっているのか。苛立ちがじわじわと大きくなっていたがその言葉で少し落ち着いた。


私は謝罪というのはやった側の自己満足でしかないと思っている。

軽い喧嘩とか失敗とかした時に使うなら双方仲直りするきっかけになるので話は別だが、私の件については謝られてもじゃあしょうがないな!と到底許せる事では無いので意味が無い。


王様は世界を救ってくれとかマイルドに言っていたけど、身も蓋もない言い方をすれば私を攫ってこの世界に監禁し、断れない状況を作ってから命を懸ける程の戦いに向かわせたのだ。元の世界なら立派な犯罪者である。

しかも王様だけでなく権力中枢の人たち全員が結託していて、一番信頼していた人もそれを知っていた。


「ならなぜ謝るの?」


魔王を倒した後城に帰ると世界が平和になった!と周りの人たちは歓喜していて、王様もよくやったと出迎えた。

城下町は長年脅威だった存在がいなくなって連日お祭り騒ぎだった。

その間誰一人私に対する後ろめたさは無かったと思う。流石聖女だと絶えず称えられ、にこにこと沢山の人の笑顔に囲まれていた。

まるで私たちにはこれから平和で幸せな未来しかないのだと言うかのように、そこには喜びの感情しかなかった。


そして私には褒賞授与の時にやっと現実を言い渡される。

元の世界に帰す術は無い、と。


絶望した。当たり前にあると思ってた元の生活が無くなった。

何を言ってるか分からない。だって私はあんなに頑張ったのにと色々な思い出が頭の中で蘇る。

なぜ今それを言う。私がどれだけそれのために。そのことだけを。


信じられずに青ざめた表情で再度問うも、王様は難しい顔で同じように謝るだけ。

謝罪なんていらないから約束を果たすと言って欲しかった。

始まりはお願いと妥協という形で結んだ協力関係だったが、始めから騙されていたと知るとそれは加害者と被害者という立場になり全ての感情が変化する。


信頼は裏切りに。

親愛は憎悪に。


そうして私は絶望の波に呑み込まれ、もうこんなところに居たく無いと強く願うと城から消えた。



「これはただの自己満足だから貴女が我々を許す必要はない。ここに来たのは別の理由だ」

「ふうん」


4年前のことをぼんやり思い出す。

お城から転移した後、私は無気力のまま2年を過ごし、ここまで持ち直すのに4年掛かった。

今更何の用事だろうか。

無視しても蹴られても何日間もその高貴なる身を地面に伏して謝罪のポーズをし続けていた王子様は、勝手にしたことだからと私にその一切受け取らなくていいと言う。

そんな王子様の誠実な態度に心がほんの少しだけ揺れたが、騙されていた事実は変わらないので何も感じていないように振る舞った。


「理由って?」


ざわめく心を抑えつけ用件を促す。


「・・・・・」


すると先程の強引さや清廉さはどこへやら。

また最初のように言葉を途切らせたり視線は彷徨わせたりともじもじが始まった。


「・・・・・」

「・・・・・」


そんな姿にさっき感じた感情は引いていき、呆れた様な安堵したような気持ちになる。

なんとなく今日は無視する気にはなれなかったので、そのまま待ってみた。

すると王子様は私が話を聞く気があると分かったらしく、小さくあのと息を呑んでからこう言った。


「城に、帰って来てもらえないだろうか」

「・・・・・」


少し見直したが気のせいだったようだ。

私は妄想で特訓していた右ストレートを、迷いなく王子様のお腹にかましておいた。









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