その後の物語
聖女召喚の方法が失われた日、同時に一つの物語が世界中で改変された。
それは正式な歴史書だったり吟遊詩人の唄だったり、親から子へ語られる寝物語まで、聖女に関する全てが対象だった。
世界全体で等しく起きた異常なその変化は、瞬く間に人々に認知される。
これは、真実の物語だと。
「面白いよね。自分の魔王化を止めるんじゃなくて、新しい物語を未来永劫知らしめる、なんてね」
どこかの白い雲の上、自らを管理者と名乗る少年はゴロゴロと転がりながら笑い出す。
この世界に怒りながらも最後まで憎み切れなかった異界の聖女のことを思って。
いや、彼女は本当に世界を滅ぼす気なのだろうか。管理者と言われる存在でも、彼女の心の中は複雑過ぎて読み切れなかった。
「だからこそ、ニンゲンは面白い」
黒とも白とも言い切れない。綺麗に感情を割り切れないのがニンゲンだ。時間と共に変わっていく変化もまた読めない。長いこの時間の中で、その行方を見守るのはとても楽しい。
特に異世界人の正から負、負から正の感情の反転する瞬間は何が起こるか分からないから好きだ。
その副産物で生じる特殊なエネルギーを頂くのはついでだけど、それを理由に願い事を一つだけ叶える口実は自分の娯楽のためだ。
ただ今回光が望んだ願いがヘンテコすぎて、可笑しかった。
「こんな物語で何か変わるもんかね?」
ニンゲンが考えることは分からない。けれど世界がこの先どうなるかの結末は知っている。それを今のところ誰にも伝える気は無いが。
「この願い事がどう世界を変えるのか知りたいし!」
しかし十年後、光とエルドレッドだけにその結末とやらを教える事になるのだが、それはまた別のお話。
そんな事をまだ知らない管理者は、目下で繰り広げられる人形劇に耳を傾けた。
***
それはとある平和な王国。そこに突如現れた強大な闇。
闇はたちまち魔物達を従えると、この世界の人々を次々と襲い暗闇の中に閉じ込めた。
無力な人々は為す術もなく絶望の中で悲しみに暮れる。
そんな中、ある日一筋の光の中からどこからともなく美しい少女が現れた。
少女は見たこともない奇跡の力を使い人々を癒していく。
心優しい少女は悲しむ人々を哀れに思い、やがて全ての元凶である闇に立ち向かう決心をする。
その旅の途中、彼女の強く優しい心に惹かれた仲間たちを得て、
少女は数々の困難をくぐり抜け、やがて闇を討ち滅ぼした。
人々は少女を聖女と称え、少女は仲間であった青年と結ばれる。
天から遣わされた少女は天上には帰らず、彼女の愛した青年と人々を守るため、
生涯ずっとこの地で暮らし、世界は平和が保たれた。
しかし、それは繰り返す悲劇の始まりでもあったのだ。
仲間と共に魔王を打ち滅ぼした聖女は元の世界を懐かしみ、悲しみに暮れた。慰める夫となった青年でもその傷は癒せない。彼女はこの世界を愛しながらも、望郷の念を抱えながら天寿を全うした。
そしてその数十年後、魔王が再び現れた。
人々は再度聖女を召喚した。
彼女もまた魔王を倒し、平和を取り戻す。しかし今度の聖女は元の世界に帰りたがった。しかし平和を手に入れた人々は、再び魔王が復活することを恐れて聖女を監禁してしまう。しかし悲しみに暮れた聖女は衰弱し、やがて死んでしまった。
更に百年後、また魔王は誕生し人々は再び聖女を召喚する。
そうやって魔王と聖女の戦いは二千年繰り返された。
そしてとうとう最後の聖女が召喚される。
最後の聖女も当然のように、魔王を倒した。
しかし元の世界へ帰す事を約束されていた聖女は、この世界の人々に裏切られ自分の世界へは帰れなかった。
約束は嘘だったのだ。
聖女は呼ばれたら元の世界へ帰れない。
それが死闘を繰り広げた聖女への、この世界の返答だった。
自分が守った人々からの裏切りに聖女は絶望した。
そんな聖女を哀れに思った神は、この世界の真実を彼女に教える。
魔王の正体は、この世界に絶望した聖女の魂だ。
全てを奪われ、死後すらも儘ならぬ運命に泣き崩れる聖女。そんな彼女を気の毒にと思った神は、一つの約束を交わした。
もう二度と、聖女をこの世界に召喚しない。
世界は神によって閉じられた。
聖女はもう二度とこの世界に現れない。
魔王を倒す術はこの世界から失われた。
再び魔王が誕生した時、それは世界の終わりを意味する。
魔王は聖女の絶望から生まれる。
最後の聖女が死した時、再び魔王は現れるのだろうか。
最後の魔王が生まれるか否かは分からない。
魔王の卵はいつでも世界を見張っている。
この世界は醜いのだろうか。美しいのだろうか。
さあ、君たちはこれからどう過ごすのか。
その答えを見せてくれ。
だれもまだ、この物語の結末を知らないのだから。
糖分が無かったので番外編でいちゃいちゃを書きたい…。でも話の内容的に需要無さそうなので無くていいや…。




