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「願い事は決まった?」
それはまるで見ていたかのようなタイミングだった。
ボーイソプラノの声が聞こえたと思ったら、いつの間にかエルと一緒に先程ぶりの不思議空間にいた。
「覗いてたの」
「あはは。変態みたいに言わないでよー。僕は意識すれば"分かる"んだよ。管理者だからね」
少年は宙に浮かびながら笑う。
「さて。また倒れられちゃたまらないからね。お願い事を教えてよ」
そう言いながらも楽しそうにする彼に目を眇める。
「叶う願いは一つだけなの?」
「・・へぇ」
その瞬間、温度が下がった。先程までの無邪気さは消え、こちらを見下すような視線に変わる。
その威圧するような雰囲気に、彼は自分で言うように人とは違う次元の生き物なのだと納得した。
「僕が君に会いに来たからって自惚れちゃった? 自分は特別なニンゲンだって。それとも何? 願い事の数を増やして下さいってつまらないお願いでもするつもり」
魔王とは違う種類の威圧感。静観していたエルが私を守るように前に立つ。当然のようにするその行動に、昔に置いてきた感情がざわめく。
「・・違う。それをしていいのならそうするけど、私が言いたい事はそうじゃない」
「へえ。じゃあ何」
「叶えてもらう願いは二つ。元々そのつもりだったんでしょ」
「あは。気付いたんだ」
気付かなかったら教えないつもりだったのかと、小さくため息を吐く。
「そうだよ。僕が願いを叶える対象は、僕と会えたニンゲン。つまり、君とそこのユウシャサマの二人だよ」
「この世界のルールだとか言ってなかった?」
「ほら、そこはマイルールだから。教えない方が面白いでしょ」
「悪趣味」
「悪趣味だ」
「いーんだよ。気付いたら両方叶えてあげるつもりだったし! わざわざこうやって迎えに来てやったんだし優しいでしょ」
結局は叶えるも叶えないも少年の気分次第、か。まあこの雰囲気だと二つ共叶えてくれそうだからいいや。
「では一つ目。エル」
「ああ。この世界から、全ての異世界召喚に関する記録を消してくれ。文献、知識全てだ。もう二度と異世界から誰も呼べないように」
「オッケー。でも異世界に関連するもの全部を消去すると、魔王とかこの世界に根深い歴史も消えておかしな事になるから、召喚出来ない程度の削除になるけどそれでもいーい?」
まあ、仕方ないだろう。魔王と魔物、それによって失ったものや発展した文化は、何百何千年も続いてきた歴史に深く絡み合っている。その根幹を消したら色々な所で辻褄が合わなくなるだろう。
私達の願いは、二度と他の世界の人を巻き込まないという事だからその条件で構わない。
エルが確かめるようにこちらを向いたので頷いておく。
「二つ目は?」
私の願いはエルと話し合って決めた。一番願っていた家族へ自分は無事だと伝えるという内容は、想定とは違えど忘却という形で叶っている。
それを踏まえて、この世界に対して私が願う事とは何か。
改めて自分に問い掛けると、一つの答えが出た。
きっと本当は魔王にならないよう願うのが正解なんだろう。私だって魔王になりたくはない。けれど当たり前のように聖女が助けてくれると信じているこの世界の人達に、思う所があるのは変わってなくて。だから魔王化は私の中で優先度が低かった。
エルに話したら理解してくれた。
魔王化の阻止を選ばない事を決めたのは私だけど、魔王になった後の事を考えると、きっとこの願いは正解ではない。
だからこれは私の。この世界の犠牲になって全てを失った私の、私だけの独りよがりな願望だ。
それでも感じる僅かな罪悪感に口籠もってしまう。きっとこれは正しく無いだろう。だけど・・。
「ヒカリ」
「! エル」
そっと背中に添えられた温かい手の平に覚悟を決める。そして口を開いて少年に告げた。
「私の願いは・・」
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