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「・・エルは」
「ん?」
「エルの望みって何」
今までずっと気になっていた事をエルに聞く。一体何がそこまでさせるのか。
「ええと・・?」
「あの不思議空間に飛ばされる前、奴隷になってでも叶えたい願いがあるって言った」
「・・ああ、あの時の会話か」
震える心を押さえつけているせいで、子供のような言い方になってしまう。だがこの考えに行き着いた時、エルの望みを今知るべきだと思った。
「えーと」
「・・・・」
「うーんと」
「・・・・」
急な話題転換に目をしぱしぱしてたエルだけど、言いづらそうに照れ出した。
「私の望みはヒカリ、貴女と一緒にいる事だよ」
一呼吸置いた後、私の目を見据えて静かにそう言った。
「どうしてそこまで・・?」
それは何度も言われてきた。今までは聞く耳持たなかったけれど、この想いは私が思っているよりももっと重かったのかもしれない。
だって全てを捨てる覚悟だった。再会したあの日に生殺与奪を私に与え、言われるままに家族と連絡を断ち能力を制限するピアスも受け入れた。自ら尊厳を捨てて痛みと屈辱を与えたし、更には未来と過去を諦めて自分の全てを差し出した。
けれどそこまでする理由が分からない。
だって私はこの時代の聖女の一人に過ぎない。
光魔法が使えるだけで、他に何かがあるわけじゃ無い。特別強い訳でもないし、エルをここまで変える何かをした記憶もない。むしろ旅の中ではお荷物だった筈だ。
「・・貴女には多分、分からないだろうね。けれど貴女という存在は私の中でとても大きくなっていたんだ」
エルは徐ろに私の横に来て片膝を突いた。
「大切なら、貴女の気持ちを想うなら。本当は離れた方が良かったのだろう」
そう言って俯く彼の表情は見えない。
「けれどあの日。貴女が城を去ったあの日から、最後の言葉が頭の中から消えないんだ。
『これで、満足しましたか?』
と」
小さく肩が震えている彼を静かに見つめる。
「後悔した。罪悪感に何度も押しつぶされそうになった。葛藤しながらも何も伝えなかった私は加害者だ。この世界の為と使命を言い訳にして。・・貴女の願いを知っていたのに。私だけに話すと信頼してくれていたのに・・っ」
ヒュッと息を吸う音が聞こえた。
「私は、貴女を利用した」
吐き出すように言った言葉は震えている。
「大切だった。守りたいと思った。貴女といると絶望しかないこの世界が、輝くようだと感じた。・・けれど、貴女が去って。結局私は、私達の世界を選んだ事に気付かされた。
失ったものの大きさを知った時には、全て手遅れだった。貴女は覚醒した転移魔法で去り、そこには何も残っていなかった。当然だ。私が壊したのだから。信頼も愛情も、全て私が裏切った。
けれど私は諦めきれなくて。本当はもう関わらないのが貴女の為であることは理解していた。散々利用した我々の顔など見たくも無いだろう。けれどこの世界を知らない貴女が無事に生きているか。誰かに脅かされていないか、と不安に思ってしまって。居ても立っても居られなくなって、仕事の合間に探し続けた。
私は転移の魔法が使えないから時間がかかってしまったが、四年かけてやっと貴女を見つけた。
本当は一目見て無事を確認したら帰るつもりだった。けれど貴方の姿を目に入れた瞬間、足が地面に縫い付けられたように動かなかった。気付いたらドアの前にいて。久しぶりに見た貴女の瞳に、込み上げる気持ちが抑えられなかった。
全てを捨ててでも、貴女の側にいたいと願ってしまった。きっと貴女は望まないと分かっていたけれど。毎日何かを失って、自分の心を殺してきた私にとって。貴女は名前の通り、光みたいな人だった」
そこまで言うとエルは小さく息を吐いて、顔を上げた。
「愛している。愛なんて言葉じゃ足りない程に、貴女が欲しい」
翡翠の瞳は真っ直ぐと私だけを見つめている。
「きっと貴女が想像出来ないくらい、私は貴女に執着している。私に愛を返して欲しいとは言わない。けれど、けれど側にいる事だけは・・! ・・どうか、赦してくれないか・・」
決して大声では無いのに私の胸に響くその声は、悲痛に満ちていて。愛を告げられているのに、まるで懺悔のように聞こえた。
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