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【書籍化】<本編完結>これで満足しましたか?〜騙された聖女は好きな人も仲間も全部捨てたのに王子が追ってくる〜  作者: せろり
本編

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「いや、フリーダムな僕もね。空気を読むのよ。五年ぶりの仲直りなら尚更ね」

「・・・・」

「・・・・」


 仲直り、なのか? うーん、距離は近付いたけど仲直りではない気がする。

 まあ今はその問題は横に置いといて。気になる事を言ったよね。


「意味がない、とは?」


 私の代わりにエルが聞いた。すると少年はバツが悪いように、頭をポリポリと搔くとこう言った。


「君の存在は消えてるよ」

「え・・?」

「は・・?」


 突然告げられた台詞に言葉を無くした。理解が追いつかず空気だけが口から漏れる。


「なんて言ったらいいのかな。世界から出たその瞬間から、その生物のデータベースは破棄されるんだ。君たち向けにいうなら、異世界召喚された時点で元の世界から君の一切の情報は削除されているよ」

「それは・・」

「元の世界で君が生まれて育った経歴は、既に全て無かった事になっている。君が生まれた事実は無くなり、当然誰も君に関する一切の記憶を持っていない。始めから君はあの世界に存在しなかった、という事になっているからね」


 思ってもいなかった所からの衝撃の事実に、腰が抜ける。


「・・それは、ほんとう?」

「うん。これは僕の固有ルールとかじゃなくてどこの世界でも共通の理だから」


 崩れた体勢を慌ててエルが支えたのを感じた。


「なんて非道な事を・・!! 我々は!」

「・・った」

「ヒカリ? ごめんっ取り返しのつかない事を!!」

「・・よかった」

「ぇ・・・・?」


 涙が止まらない。体が震える。

 よかった。本当によかった。


 あの事件があってから、私の家族は心配性だ。社会人になって何年も経つのに、元気にしてるかと一日二回は安否確認が入る。

 そんな中私がいきなり音信不通になったら、今度こそ壊れてしまう。何かしらを見つけるまで、何年でも何十年でも必ず探し続ける確信があった。母は泣き崩れ、父は言葉に出さないけれど体を壊すほど悲しむだろう。兄もそんな両親を支える為に辛さを出さず、苦労を掛けてしまう事が容易に想像できる。そんな家族なのだ。


「よかった、よかった。・・っよかったよおお」


 わあわあと泣き叫ぶ。


 私はこの異世界召喚で多くのものを失った。

 けれど一番守りたかったものは無事だったようだ。


 長年心に溜まっていた重荷が降りて、ほろほろと心が解れていく。周りの目も気にならずに子供の様に大声で泣いた。


「ヒカリ、それは・・」

「ぇえー・・まじか」


 周りが何か言っているようだがどうでもいい。


 つらかった。苦しかった。

 日本じゃ考えられない環境に身を置いて、必死に付いていって。知らなくていい感情も知った。

 けれど私の大事なものを守る為に、元の世界の帰還だけを頼りに頑張った。


 だけど現実は非情にも、約束は反故にされた。

 信じた人には裏切られ、知らない人を妬む醜い気持ちを手に入れた。

 全てを捨てて逃げたかったけれど、それでも帰れない現実からは逃げられない。

 全てが嫌になった。いっそ全てを忘れたくて。でも今も私を探し続けているだろう家族の気持ちを思うと、それも出来なくて何度も心が押し潰された。

 起きてる時は何も出来ない現実に打ちのめされて、眠っても悪夢に魘される日々。


 そうやって一年が経つと、この世界の人たちへの怒りよりも無気力感の方が強くなって、一日中ベッドから立ち上がれなくなった。それなのにずっと涙は止まらない。

 時々湧き上がる恐怖に死にたくなったこともある。けれど死んだら永遠に私の無事を伝えられない。ずっと家族が私を探し続ける事になる。


 それはダメだ。

 どうにもならない強い焦りと不安でもう何も考えたくない。強すぎるストレスで、そのうち自己防衛で何も考えないようになり時間だけが過ぎていく。

 けれどこのままじゃ何も変わらないと頭では分かっていて。少しずつ自分の中で折り合いをつけていく。


 そうして二年を掛けて最低限の心の整理をし、四年目にはなんとか普通の生活を表面上送れるようになった。

 たまに発作のように涙が溢れたり不安になることもあるけれど、治療院を開いて人と会話出来る程度には回復した。

 いつか奇跡が起こったら、私のこんな姿を家族が見たら悲しんでしまうと思ったからだ。


 異世界転移なんて非現実を経験しているんだ。魔法のある世界なんだ。

 もしかしたら。もしかしたら、そんな奇跡が起きて、家族と再会出来るかもしれない。


 そんな可能性は限りなく低いと分かっている。それを理解しているからこそ涙が溢れるのだ。けれど小さな希望を頼りにしなければ起き上がれなかった。



 だからその僅かな光を頼りに、今日も頑張ってベッドから降りてご飯を食べる。


 懐かしいかつての仲間が家の扉を叩いた日も、そうやって一生懸命生きていた。




「無事ならいいの。それだけで、いいの」


 心の底から本当にそう思ってるよ。


 でも同時に感じる言い表せないこの胸の痛みは、この安堵感に比べたら些細な事だと思い込んでおくことにする。






 

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