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「・・・ヒカリちゃん、あの人知り合い?」


不審者を見る様な目でおばちゃんが私に聞いた。

治療院に訪れたおばちゃんの腕を握り、怪我の程度を調べる。


「あー、」


数日前、私には身元も正体も判明しているストーカーができた。


4年ぶりの再会で思い切り蹴飛ばした後、私は何事も無かったかのように扉を閉め晩御飯を作りそのままその日は寝た。

翌日庭の手入れをしようとドアを開けると、とうにいなくなっていると思っていた王子様がまだそこに跪いている。

イラッとして追い払おうかと思ったが、連日に渡る粘り強さに面倒になって何も見なかったことにした。

そのまま素通りして庭の草木に水をやり、朝食べる分の野菜を収穫したら家に戻って普通に玄関を閉める。その間、特に王子様は言葉を発しなかった。

私はその日から籠城は止めて普段通りの生活を行い、視界の端に映る変質者はいないものとした。


それからというもの、私が玄関を通る度に王子様は跪いていた。しかし私が彼を追い返そうとしないが目も合わせないということに気づいてからは、物陰からじっと見つめるようになった。

変態か!と言いたかったが話しかけたら負けな気がしたので放っておく。


始めは何を要求してくるのかしばらく身構えていたが、王子様は何も言ってこなかった。

その後私は何度か家と外を玄関経由で行き来したがお互い何も話さないので、この奇妙な関係がここ数日ずっと続いている。



「さあ誰なんでしょうかねー」


おばちゃんの腕を握って骨に異常がない事を確認して、私は軽度の治癒魔法をかけた。

私の他人発言と共にストーカーの身体が小さく揺れた気がしたがきっと勘違いだろう。


「大丈夫なの?」

「・・・まあ物理的危害は加えないので」


精神的大被害は既に被っているが。

ひそひそと不審がるおばちゃんに心の声は告げないで、一応危険人物ではない事を伝えておく。


胡散臭そうに王子様にジト目を向けるおばちゃん。

彼はその視線に気づくと胸に手を当てて腰を折り、貴公子っぽい会釈をする。

物陰から無言でこちらを窺う姿は不審者でしかないが、仕草一つで分かる気品の高さにおばちゃんの警戒心は一瞬で溶けたようだ。おそらく見目が良すぎたせいもあるだろう。目がハートである。


その流れで思わず私も彼に視線を向けると目が合った。

じっとこちらを見ていたようで、今は驚いたようにアーモンド型の瞳をまんまるにしている。

日の光を浴びて普段より輝いている緑色の瞳は透き通っていて相変わらず美しい。

我が家の庭に生えている木の横に立っているだけなのに、まるでエルフが森から下りて来たシーンを切り取った絵のようだ。


「・・・・・」

「・・・・・」


そのままじっと見つめ合っていると、おばちゃんがにやにやして私の肩を叩く。いたい。


「捻挫も治ったし、邪魔者は消えようかねえ」


消えなくていい。私たちは想像しているような関係ではないので帰らないで欲しかったが、引き止める間柄でもないのでそのままおばちゃんを庭先まで見送った。


「・・・・・」

「・・・・・」


頭の後ろに視線を感じるが特に何も言わず、庭先の小さなテーブルでティータイムの準備をする。

仕事後の木陰で飲むお茶はこの世界での数少ない娯楽である。

1ヶ月前に転移で訪れた町で買っておいた紅茶を淹れ、今朝収穫したばかりの桃をカットしたらなんちゃってアフタヌーンティーの出来上がりだ。もちろん一人分しか用意しない。

聖女の手で植えた果実はまるで日本で作られたかのような糖度を誇り、さらに齧れば口の端から果汁が溢れそうになるほど瑞々しかった。うむ。おいしい。


「・・・・・あの、」


桃を一欠片食べ終え香りの良いお茶を楽しんでいると不審人物に声を掛けられた。

今までずっと銅像の様に話さなかったので少しびくっとする。地味にここに来てから初めて話し掛けられたからである。


彼は元々おしゃべりではないが、寡黙でもない。

お城にいた時はよく何か困った事は無いかと聞いてきたり、一緒に旅をしていた時はこの世界に馴染めない私に頻繁に話を振ってくれ、時には冗談を言って笑わせてくれた。

明るく爽やかで面倒見も良い。元の世界であれば絶対男女共にモテるタイプだ。


そんな中身もイケメンであるはずの彼は今、家の中にいる間は玄関で待機して私が外に出でば少し離れた場所から無言でひたすら見つめてくるという立派なストーカーと化していた。

4年前では想像すら出来ない姿である。


「・・・その、」

「・・・。」


そんな沈黙が今破られ、何かを話し掛けようと彼がもじもじしている。

王族たる所以なのかいつも堂々とした風に喋っていたところしか見た事が無かったので、こんな風に言葉を濁すのは初めて見た。

ちらちらと私を見たり地面を見たり、話そうとすれば唇を噛んだりと中々会話が進まない。


私から言う事は何もないので、そのまま黙って紅茶を飲んで一人お茶会を再開する。

その態度を見て覚悟を決めたのか、一つ呼吸を呑んでから王子様は私に言った。




「・・・すまなかった」

ーーーバリン、


いつか言われるんだろうなあと思っていたけれど一番聞きたく無かった言葉を聞いた瞬間。

飲んでいたカップが口の中で砕けた。













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