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「でも、その前に念の為確認させて欲しい」

「ん? 僕?」


 くるりと振り返り、エルは少年に向き直る。


「・・どうしても、この世界からヒカリの世界に渡る術はないのか?」

「無いよ。君、何度も調べてるんだからもう知ってるでしょ」

「!!」


 さらりと言われた管理者の言葉に息を呑む。

 ・・でも、そっか。


「私が知りたいのは何でも出来るという管理者からの視点だ」

「んー・・なんて言えばいいのかなあ。この世界には無い概念だから説明が難しいな」


 そう言ってグリグリとこめかみを押しながら、少年はエルの質問に答える。


「たとえば二つの水槽があるとするでしょ? 片方は僕の世界でもう片方は聖女の世界。僕は僕の水槽には自由に穴を開けられるけど、他人の水槽に穴は開けられないんだ。壊し方も知らないしね。だから穴の開いている僕の世界に聖女は来れるけど、元の世界の方は開いてないから帰れないんだ」

「・・・・」

「ついでに付け足すと、召喚術はこの世界の穴開け手段だよ。他の世界になるとまた違う方法になるからあれは応用できない。頑張ったようだけど、ニンゲンレベルじゃそもそも解読できないし」

「・・そうか」


 エルは一つ頷くと、それ以上は何も言わずにこちらを振り向いた。


「これは提案だから当然断ってくれて構わない。一つの案として聞いて欲しい」

「・・うん」


 込み上げるものがあるが、私はそれを呑み込んで彼の言葉を待つ。


「異世界人が魔王になる呪いについてだが、多分、単純に上書きするだけじゃ、このループは終わらない」

「どういうこと?」

「思い出して欲しい。はじまりの魔王は魔王が存在しない時代に召喚された。理由は人間の欲だ」


 エルの言いたい事を理解した。

 始まりは遥か昔、神子と呼ばれる異世界人が現れたことがこの世界で最初の召喚だった。当時の記録はあまり残ってないが、食べ物や生活水準の向上に注力したとだけ聞いている。

 そしてはじまりの魔王。これは日記に書いてあった内容だが、彼女が召喚されたのはその数百年後。たまたま遺跡から発見された召喚陣を、神子伝説のような叡智を手中に収めようとした国が試しに儀式を行った結果、それが成功してしまった。しかし呼ばれたのは専門知識を持たない普通の高校生だったらしく、国が思った程利益は得られなかったそうだ。そして色々な事が起きた結果、彼女は魔王になってしまう程深く恨みを持ち、国を滅ぼした。


 始まりは人の欲望。


 そして今、召喚術はこの世界の様々な国で共有されている。

 今私が聖女を魔王化する呪いをここで解いたとしても、また聖女はいつか召喚される。最初の国が新しい知識や技術を期待したように。また誰かが涙を流し、この少年に願って魔王になるかもしれない。そうしたらきっと同じ事が繰り返されるだろう。


「・・・・」


 けれど、それが私たちに関係あるだろうか。それは少なくとも数百年後。私達はもう生きていない。その時どうなろうが関係ない。今呪いを消す事の方が長年の脅威を消す事でもあるのだから、この世界の人たちにとっても嬉しいだろうし最善だろう。


「何か考えがあるの?」


 一応エルに聞いてみる。このタイミングでの提案が気になった。


「・・世界中にある召喚陣やそれに関する知識を消し去るのはどうだろうか」

「!」


 思わず目を見開く。それは予想外の言葉だった。魔王の消滅ではなく、そんな提案をこの世界の人が言うなんて。


 光魔法は遺伝しない。この世界に呼ばれた聖女だけが使える魔王への切り札だ。

 それだけではなく、もし私が願って魔王が消えたとしても治癒魔法は貴重な力だ。そんな稀な魔法を使う存在を知っている人達が、それを手に入れる手段を手放す筈がないだろう。善人ならそんな事しないかもしれないが、人の世は悪人もいるものだ。


「・・そうだね。悲劇を繰り返さない為には、その方が確実だね」

「ああ」

「でも、それでいいの?」


 私は元の世界に未練がある。でなければここまで拗れていない。それはエルもよく分かっている筈。

 じっとグリーンの瞳を見上げた。


「私はきっと魔王になるよ」


 正直、魔王になりたいわけじゃない。でもどうしてもなりたくないわけでもない。どっちでもよかった。元の世界に戻れないのなら、他に叶えたい願いなど無い。


「魔王が誕生したら、新しい聖女を呼ばないと世界が滅びちゃうんじゃない?」


 だから魔王化の解除は、大怪我を負わせたエルへのお詫びと餞別のつもりだった。

 彼は、この世界を大切にしているから。


「・・・・」


 なんと答えるのだろう。何を考えているのだろう。


 ここ数週間で私のエルに対する気持ちに変化があった。今この場でもそうだ。だけど五年前に裏切られた気持ちも覚えている。忘れてなんかいない。

 理由は未だ分からないが、彼は高貴な身を奴隷に落としてまで私といたいと望んでいる。けれどかつて王命と言えど、国を優先した事があるのも事実だ。

 冷めた気持ちとどこか期待する感情がせめぎ合う。


「それでもその願いを私に勧めるの?」


 さあ、なんて答えるのか。



「・・仕方、ないのではないだろうか」

「・・・・え」

「それが我々への報いなら、受け入れる・・べきだと思う」


 一度目は覇気のない目で。二度目は真っ直ぐ私を見据えてそう言った。


「本当は、最初の魔王が生まれた時にそうなるべきだったのかもしれないな」

「・・何を言ってるか分かっているの」

「ああ。これ以上君たちを巻き込むべきじゃない。敵わないとしても、我々は我々の力だけで努力するべきだった」

「・・それはずっと前の人たちの責任じゃない」

「聖女たちの嘆きを見て見ぬふりをして胡座をかき、途中で正さなかった私たちも同罪だ」


 そう語るエルの肩は落ちている。


「私は世界を守りたかった。だから幼い頃から毎日鍛錬と戦いに明け暮れた。それでも絶望的な日々は変わらなくて。ずっと聞いていた聖女伝説に強い憧れと、救いを求めていた」

「・・・・」

「けれど貴女が城を去ったあの日から、分からなくなった。奴隷に落ちてからも、世界は自分が想像を絶する側面が存在することを知った。聖女たちもあの様な、もしかしたらそれ以上の・・。我々はこの世界と関係のない彼女たちの犠牲の上に生きていたんだ。もう、巻き込んではいけない」


 そう言って上げた表情は、どこか吹っ切れたように穏やかに笑っていた。


「それは、世界が滅ぶ事を意味するんだよ」

「ああ」

「貴方が命を懸けて守ろうとしたものが全部無くなるんだよ」

「ああ」


 私は知っている。王城や城下町で聞いた彼の活躍を。旅の途中何度も見た彼の勇姿を。

 エルがこの国をどれだけ大切に思ってるのかは知っている。根幹は知らないけれど、何度も何度も命懸けで魔物と戦ってきた。始めは王族は後ろの安全地点で指示をする人だという先入観があったが、エルは違った。


 初めて治癒魔法を掛けた時、数え切れない程の古傷が沢山あった。旅の途中で高ランクの魔物と遭遇する度に、目を背けたくなる程の傷を何度も負った。

 それほどまでに戦い守った世界が無くなってもいいと言うのだろうか。


 旅の中の思い出が蘇る。怪我を負って倒れた姿。間に合わなかった人たちのお墓を一緒につくる土だらけの手。滅びた町をただ黙って見つめる背中。

 震える手を握りしめて、吐き捨てた。


「・・全員死んじゃうんだよっ」

「・・・・それでも。貴女に犯した過ちを繰り返したくない」


 きっとこの言葉は私が想像するより重い、エルの覚悟だ。


"もう、亡くなっている"

"心配させてごめんね"

"聖女様!ありがとう"


 私の境遇を考えないこの世界の人たちは嫌いだ。けれど確かに幸せを願った過去があるのも事実で。


「みんなきらい」

「・・ああ。当然だ。それだけの事をした」


 この世界がどうなろうと、私には関係ない。

 私が無くしたものを何かしら持ったままの彼らが妬ましいと思う気持ちがある。


 でも、でも・・!


 お城で聞いた家族との死別の話。

 会話をした騎士さんが次の日にはいなくなっていた事。

 旅の途中で見た沢山の遺体の山にそれを嘆く人々。


「エルもお城のメイドさんもあの村の人たちも! 誰も悪く無いじゃん・・!!」


 王様もきっと。騙したけれど。時折陰っていた瞳は、完全な悪意だけでは無かったんだろう。


「うぅ、うう」


 魔王がいるこの世界は、理不尽な暴力に晒される危険な場所だ。


 旅の中で多くの死を見た。


 でも誰も私を責めなかった。なぜもっと早く来なかったのか。治癒魔法はまだ使えないのか。そうしたら間に合ったのにって。


 ・・誰も言わなかった。


「許せない。けれど死んで欲しいなんて思ってない」

「ヒカリ・・」

「恨んでる。同じ目に遭えって思ってる。だけど痛い思いをして欲しいとは思ってないよっ」


 数週間前に無かった瞳の目元にそっと触れる。そして滅びを選んだ目の前の男の胸に飛び込んだ。


「!」

「でも私にも家族がいる! きっと私を心配してる! 寝る間も惜しんで探している姿が目に浮かぶの!!」


 私が元の世界を諦められなかった一番の理由。嫌だけど、凄く嫌だけど一万歩譲って全ての事を諦めてもこれだけが苦しくて仕方がない。


「ヒカリ・・」


 エルに言っても仕方がない。けれど止められない。

 そんな私を、エルはおずおずと抱きしめた。



「・・あのー」


 こんな風に抱きしめられるのは何年ぶりだろうか。

 遠慮がちだった腕にキュッと力が入る。今はただ胸が苦しくて仕方がない。


「何か方法がないか探そう」


 懐かしい温度に涙を擦り付けながら問い掛ける。


「帰還は出来ないって」

「帰還術が無いのは本当だ。私も召喚に関する資料は全て調べなおした」

「なら・・」

「可能性は低いが、そこにいる管理者とやらへの願いでどうにか出来ないか考えよう」


 ぐすぐすと鼻を鳴らす。


「元の世界には帰れないって」

「・・帰還は出来ないと思うが、ヒカリの無事をご家族に伝える方法なら抜け穴があるかもしれない」

「でも、この世界以外に干渉は出来ないって」

「はじまりの魔王は異世界の方だ。けれど闇属性の魔法を与え、魔王に転換する呪いを掛けている。これはこの世界のみ干渉出来るという内容に反している。きっと願いの仕方によって抜け道があるはずだ」

「!!」


 弾けるように見上げると、エルの翡翠のような瞳と目が合った。


「けれど言い方が直ぐには思いつかない。だから一緒に考えてくれないか?」

「っうん!」

「・・えーっと」


 エルの提案に心が踊る。多分可能性は低いけど、ゼロより何倍も希望がある。嬉しくて、嬉しくてエルの胸に再び顔を埋めてギュウと抱きついた。


「あのー。お熱い中申し訳ないんだけど、その必要はないよ」





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