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「ぁあああぁあ・・!」
今まで聞いた事の無いような、悲痛な声が響く。その音はこちらが苦しくなるような、沢山の苦悩とやり場のない悲鳴が詰まっている様に聞こえた。
「ならば私達は何のためにっ、いつまで・・こんな事を」
「ああ、お前は二番目の兄を魔物に殺されているのか」
「!」
傍観を決め込んでいた私はその言葉に驚く。初めて聞いた話だ。
「何を驚いているの? 僕は何でも出来るんだ。コイツの記憶も、心も。読む事は可能さ」
「や、めろ」
「ふむふむ。一番目の兄は体が弱いのか。だからお前がいつも前線で戦っていたんだ。まあ王族はどこの国も大抵魔力が強いから妥当だね」
「私、にはっ民を守る責任、がある」
「・・ふぅーん。お前、何度も死にかけてるな。仲間も何回も失っているし、これは僕から見ても少し同情しちゃう生い立ちかな」
「貴様、が、言うな」
「そのせいで責任感が人一倍強くなったと同時に失い過ぎて、そして無くす怖さのせいで内心人と距離をとって人間関係を希薄にしてるんだね」
「・・エル」
裏切られる前は、物語に出てくるような品行方正な王子様だった。誰に対しても礼儀正しく、でも軽い冗談も言う気さくな性格は皆に好かれていて。まさか彼から距離を取っているとは思ってもいなかった。
「亡くなった兄の分も人々を守ると誓ったけど、同時に安息出来るものも無く、自覚はなかったみたいだけど心のどこかで破滅願望もあったのか」
「・・・・」
「けれどそんな中で唯一、執着するものができた」
「だ、まれ」
「でも心底嫌われているのかー。やっと見つけたお前の拠り所なのにねえ。可哀想だねえ」
「うるさい」
「まあ。流石に哀れすぎるから、この僕が誤解を解いてあげるよ」
「勝手な事をするな!」
少年の言葉に、エルが彼の口を手の平で覆い言葉を封じようとした。が、偉そうな事言うだけあって、即座に不思議な力でエルを拘束する。そして少年は私に向き直ると口を開いた。
「エルは君を裏切るつもりは無かったみたいだよ」
「・・どういうこと」
話の流れからなんとなく私の事かなと思ったが、そこの話になるのは少し予想外だった。
「んぐっ! むー!」
「まあ正確に言うなら途中までかな?」
「言うつもりならはっきり言って」
「んー!」
勿体ぶる口調に結論を急ぐ。正直最近までエルが私を騙した理由に興味が無かったが、今は違う。王子様で勇者様なのに私なんかに命を預け、尚且つ一緒にいたいと自ら奴隷になった男だ。拒絶するにも受け入れるにも、流石にもう無関心ではいられない。
「じゃあ簡潔に伝えるけど。君が元の世界に帰れないと彼が知ったのは、旅に出る前日。つまり君を元の世界に返すと誓った時は知らなかったんだよ。本気でそう思っていた。命の危険がある討伐の旅で必ず、自分を盾にしてでも君を守るとまで内心決意してね」
「・・・・」
「王は知ってたみたいだよ。そして直前で彼に伝えた。何を企んでたかは直接心を読みに行かないと分からないけど、そのおかげで彼は大分苦悩したみたいだねえ」
「んー! んー!」
「彼は君に打ち明けようと思ったみたいだけど、王命で言えなかった。それに君も知っての通り、彼は王族としての責任感が強い。これは本来の性格と過去の出来事が理由なんだけど、今はどうでもいいか。とにかくその二つの要因で最後まで君に言えなかったのさ」
「・・なんで黙るよう王命を下されたの」
「ああそれは会話した記憶があるから分かるよ。理由は君の協力が得られない可能性を王が危惧したからだね。ほら無理矢理参加させられてるのに、約束の報酬がありませーんって言われたら魔王討伐を放棄されるかもしれないだろ?」
「・・・・まあ、そうだね」
「魔王は光魔法でしか倒せない。その間にも国民は死んでいく。例え卑怯な事だとしても、何としても君に魔王を倒してもらう必要があったのさ」
いつの間にか静かになっているエルを見つめる。いつもはしつこいくらいに見つめてくる目は下を向いている。
「あ、もういいや。ほどくね」
私達に漂う微妙な空気を気にしないこの少年は、エルの拘束をパパッと解いた。聞きたい事はまだあるが、これ以上は本人の口から聞きたい。
だから私はこの話題を一旦放置して、少年に聞きたい事を聞くことにした。
「さっきの魔王の話に戻るんだけど、その呪いを消す事は出来ないの?」
項垂れているエルの肩がピクリと反応する。
「えーその話? つまんないなー」
「・・・・」
「無視はやめて。久しぶりの会話で僕は楽しいんだよ。そうだなー。魔王化の呪いは最初の魔王の願いが成就するまで続くけど」
「けど?」
「新しい願いで上書きすれば消えるよ」
そう言った少年の瞳がくるりと輝く。人間には無い生体反応に、目の前の存在はやはり人じゃないのだと改めて実感する。
「上書き?」
「ほら言ったでしょ。僕に会えたニンゲンの願いを何でも叶えるっていうルール!」
「ああ、そんな事言ってたね。元の世界に帰れないっていう微妙な能力」
「ひっでー」
あははと笑う少年にため息が出る。
「で、どうするの? 異世界人が魔王になる呪いを消す?」
少し悩む。今までの事からこの少年が、この世界に影響を与える範囲で何でも願いを叶えるというのは多分本当だ。
「・・・・」
死ぬ直前に元の世界への後悔をしなければ魔王にならないらしいけど、私は絶対する。絶対魔王になる。
「・・まあ仕方ないかな。じゃあ、」
「待て」
願いを口にしようとした瞬間、横から腕を掴まれる。
「エル?」
「少し待ってくれ。こんな事言える立場でない事は分かっているが、私の考えを聞いてから決めて欲しい」
真剣な眼差しに少し驚く。そして何となく少年に目を向けると、にやにやと不気味に笑っていた。
こわ。
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