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「私を元の世界に帰して」
「無理」
反射的に願いを言ったが、即行で断られる。
「あのねー? 何でもと言ったけど、僕の力が及ぶのはこの世界限定なの。他の世界はそこの管理者しか権限を持ってないから僕は何も出来ないの」
「・・」
やれやれはあーと言う態度が少し苛ついたので、先程まで感じていた恐怖を失った。代わりに少し期待してしまった失望感が現れる。それは目の前の少年も感じ取ったようで頬を膨らませた。
「しょうがないじゃーん! でもこの世界に限ったことならアドミン権限あるから何でも出来るよ!」
「アドミン?」
「何でもってこと!」
白けた気持ちで少し冷静になったのか、私は周りを見渡す。するとエルの顔色が真っ青だった。そういえば先程から何も喋ってない。
「エル!!」
「あ、いけね。うるさそうだから息と身動き止めてたんだった」
そう少年が言ったあと、何かを解除したのかエルが激しく咳き込んだ。
「ちょっと」
「だってせっかく僕が気に入った異世界人と会話するのに、そいつ邪魔だったんだもん」
可愛くそっぽを向く少年だが、中身は魔王を生み出し自分の世界を破壊しようとしている性格破綻者なので全然可愛く感じない。
「じゃあなんで連れてきたの」
私だけ転移させればよかったでしょと呆れ気味に言って、未だ咳き込むエルの背中をさする。
「だってヒカリ。僕が反応する程、君の感情が昂った原因はその男だから。少し見てみたかった」
「!」
「ヒカリ?」
少年の言葉にビクリと反応する。
「まあそんな事どうでもいいや。とりあえず僕に到達出来たニンゲンの願い事を何でも一つ、叶えてあげるっていうのがこの世界に隠されたルールなの! あ、勿論さっき言ったように僕の力は他の世界に作用しないから、範囲はこの世界限定ね」
「胡散臭い」
「ひど」
「エル知ってる?」
「・・いや、王家の口伝でも聞いた事は無いな」
「じゃあ嘘か」
「違うよー! さっき裏ルールって言ったじゃん。普通のニンゲンが知るわけないじゃん。まあマイルールだけど」
「・・・・」
「・・・・」
「そもそも僕に到達出来るニンゲンなんてほぼいないんだよ。それに叶えたい子たちは全員何かしらの強い理由があるから言わないし、僕もわざわざニンゲンに教えないから伝わってないのは当然かな」
「・・」
「はじまりの魔王はこの世界を憎んでいたしねー。あれ? どこまで話したっけ? あ、そうそう彼女の願い事はこの世界を滅ぼす事だったよ」
「あの」
「だからそれまでこの世界に無かった闇魔法と魔物を生み出す力をあげたんだ。でも当時は交通が発展してなくてねー。転移魔法は闇属性じゃないから使えないし。だから世界を滅ぼすためには彼女の寿命じゃ足りなくて。だからもう一つ能力を・・」
「少年!」
どんどん話し出す少年に思わず大声でストップをかけた。それよりも確かめておきたいことがある。
「なーに?」
「魔王ってやっぱり・・本当に聖女なの?」
「聖女はニンゲンが付けた称号だけど、そうだよ。魔王になるのは異世界から召喚されたニンゲン」
「・・っ」
魔王城で見つけた日記は本当の事だったんだ。
正直、半信半疑だった。
私はこの世界が嫌いだ。でも滅ぼしたいわけじゃない。
旅の途中で出会った人々を思い出す。厳しい現実でも懸命にこの世界を生きていた。
でもこの少年の話や日記に書いてある事が事実なら、私もいずれ魔王になるのだろう。
「聖女が魔王にならない方法は無いのか?」
「!」
嫌な未来に無意識で腕を抱えていると、エルが私の背中に手を当てて少年に問いかけた。
「そうだよー。魔王になるのは異世界人だけだけど、ならない可能性もある」
「・・・・」
「さっきのはじまりの魔王の話の続きなんだけど、彼女の願いを叶えるためには寿命が足りなかったんだ。だけどこの世界のモノでない異世界人の寿命を作り替えることは出来なくてねー。だから条件を付けたんだ」
いたずらに笑う少年とは対照的に、私は暗い表情でそれを聞く。
「次に召喚された異世界人が死ぬ時、元の世界をすこーしでも懐古したら魔王になる。ただし変化するのは召喚されてから百年後。大体その時には死んでるから幽霊の状態だけど」
「・・・・」
「でもだからこそ強い。実体が無いとこの世界の子たちには倒せないからね」
やはり、日記の内容は正しかった。知ってしまえばとても単純なルール。けれど知らなければとても残酷な内容だ。最期の時に、故郷の事を一瞬でも思い返すことも許されないのか。それにフラッシュバックなんて意識してしたってコントロール出来ないだろう。
私は魔王化する未来しか描けず、足の力が抜けてへたりこんだ。
「ちなみに魔物は生前落とした異世界人のものから生まれるよ。髪の毛、骨、体液なんでもオッケー」
「・・やはり、我々がやってきた事は日記に書いてあった通り、自らの手で次の魔王を誕生させていたのか」
隣でエルが項垂れている。日記にはここまで細かい記載は無かったが、はじまりの魔王が生まれた経緯が主に書かれていた。私達が倒した魔王が何者かは分からない。けれどその救いの無い内容に、正直誤りがないかと期待していた。
「非道な・・」
エルが吐き出すように言い捨てる。
「何が? 僕は逃げ道を用意してるじゃん。この世界だけを好きになれば魔王にはならないんだよ?」
「そういう事では無いだろうっ!」
「そうかな? ならなんで君たちは聖女召喚なんてし続けたんだい? そして何故毎回魔王は誕生した? ふふ。結局異世界人全員が魔王になった事が答えだよ」
「・・・・っ」
耐えられないようにエルは下を向く。
「中にはこの世界のニンゲンと結婚して幸せになった! とか歴史に残っている聖女もいたけど、魔王は毎回誕生した。これが現実だ。ふふ、可哀想に。みんな最期には後悔して逝ったんだ」
「・・・・」
「そうだよね。元の生活を強制的に捨てさせられて、全然関係ない世界の為に生死を賭けた戦いをさせられるんだ。断れないよう弱みを握られて無理矢理ね」
歯を食い縛るエルを、少年はニコニコと追い詰める。それを見て思う所はあるが、それは多分事実なのでそのまま静観を決め込む。私はエルの本音を知りたかった。
「やっとの想いで魔王を倒しても、元の世界に帰れない。奪われて捨てさせられたものは、決して元には戻らない」
少年の無邪気さはなりをひそめ、完全にこの場の支配者のようだった。きっと本来はこのような姿なのだろう。
「この世界に普及している聖女の物語は全部ハッピーエンドで終わってる。そりゃそうさ! その物語はこの世界のニンゲンが書いているんだもの。心優しい聖女が皆を守ってこの世界で幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたしってね! とても耳触りの良い御伽話だ」
その言葉を聞いて私も思う所があった。この世界の人が子供の頃から繰り返し聞かされる聖女の物語。天から遣わされた聖女が魔王を倒し、この世界の青年と幸せになる予定調和のストーリー。
簡略化されてはいるが、内容的にはほぼ正式な歴史書と同じだからか誰も疑わない。みんな聖女が聖人君子だと思ってる。魔王を倒してこの世界で憂い無く幸せに暮らしていくと信じてる。
だから魔王を倒した後、みんなあんな態度だったんだ。
・・人の感情はそんな単純じゃないだろうに。
「聖女が不満を抱いたって聖魔法は魔物と魔王にしか強くない。相手がニンゲンなら多勢に無勢。敵うわけないよね。必死に気持ちを呑み込んでも、死ぬ時には必ずその気持ちを思い出す。この呪いはほんの少しの懐古でも発動するんだ。そりゃみんな魔王になっちゃうよね」
強く握られているエルの拳が震えている。
「そうして新たに生まれた魔王によって再び人々の生活は脅かされる。攻撃は効かず、命を危険に晒されて。次は自分や大切な人の番かもしれないと、恐怖に支配される日々にまた戻る」
地面に降り立ちカツカツと靴の音を響かせて、少年がエルに近づく。
「そしてまた人々は望むのさ」
ピタリと止む硬質な音。
「聖女様、どうか我らをお救い下さいってね」
「っ」
そしてゆっくりと、覗き込むようにエルを見上げる。
「それがまた自分達を蹂躙する、新しい魔王の卵だとも知らないで」
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