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【書籍化】<本編完結>これで満足しましたか?〜騙された聖女は好きな人も仲間も全部捨てたのに王子が追ってくる〜  作者: せろり
本編

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「もう一度あの国に行ってくる」


 エルと暮らしてから約三週間。リハビリ生活によって、彼は普通の生活が出来るくらいに回復した。言葉には出さなかったが内心ホッとしていたところ、エルのこの発言だ。飲んでいた紅茶を吹き出しかけた。


「は?」

「? まだヒカリの仕返しをやり遂げていない」


 確かにあの日私がエルに願ったことは死んだことにしてほしいということ。そして「同じ目にあってしまえ」という願望だ。旅をしている時から思っていたけれど、この王子様は決して愚かではないのだが時々変に真面目すぎる。


「いや流石にあそこまで望んでなかったよ」

「けれどヒカリは五年以上この世界にいるだろう? 私もあと最低四年半はあそこで過ごさないと」

「だめ!!」


 けろりと言ったエルに不安を覚え、とっさに腕を掴む。


「ヒカリはこの世界でこれからも生きていく。ならば私の罰は五年では足りないくらいだ。増やしてもいい」

「!」


 エルは必死に引き止めようとする私の手を見つめながら、困ったように微笑んだ。

 私がここ三週間避けてきた話題。始めは何も知らない場所にエルを放り込みたかった。そしてその家族や友達に情報を渡さず、私の元の世界の人たちと同じ気持ちを味わえばいいと思っていた。当たり前のように聖女召喚をし、童話のように心優しい聖女様を信仰するこの世界では、だれもが私の気持ちを理解できない。だからみんな少しは思い知ればいいと、仕返しをしたかった。


 けれど再会したエルの姿は私を酷く後悔の渦へと突き落とす。エルを売っていた店主の話が本当だとすると、最初は端麗な容姿である意味人気だったが途中で怪我をしてからは別方向で酷い労働環境だったという。それはつまり精神的なものと肉体的な意味両方でかなり辛い目に遭ったということだ。具体的に何があったのかは知らない。本人が言わないし聞いてほしくなさそうなので私も聞いてはいない。けれどエルが夜中にうなされることが多々あった。お城や旅の中で心身共に強かった彼があそこまで弱る姿は初めて見た。それほどの経験だったことは間違いない。体の傷は治せても、心の傷は治らないのだ。


「ご・・ごめんなさい」


 思い出すのは前の世界での出来事。何度思い出しても後悔しかない私の罪。言った言葉、戻らない命。他愛もない頼みだった。ただの惰性で深く考えずに放った言葉は取り返しのつかない事態を引き起こし、最悪の結果をもたらした。

 なのに私はこの世界でもまた、同じような事を繰り返してしまったのか。


「あ、謝っても駄目なことは理解しているけど、」


 ああ、今最低なことをしている。あの日無言で手のひらを上に向けて謝り続けた彼に、私は同じことをしている。


 私は謝罪なんてしてほしくなんて無かった。それはただ自分を許してほしいだけの定型文だと知っていたから。それを言われたら私が受けた様々な苦しみは忘れて許さなければいけないなのか。加害者側の自己満足でなぜ被害者側が譲歩しなければいけないのか。失ったものを、言葉だけで簡単に終わらせようとしているのかと我慢ならなかった。だからその言葉を聞きたくないと、拒絶した。


「うう・・」


 中には口上だけの謝罪をし、それどころか頭を踏みつけるような行為をする人間がいることを私は元の世界で知っていたのに。

 十年前、私は白い花々に囲まれて泣き崩れる家族のことを思い出す。


「泣かないで」


 言葉に詰まり嗚咽する私の頭に温かいものが触れた。上を向けば突然滂沱の涙を流す私に困ったように微笑んで、エルが頭を撫でていた。


「言っただろう? 私にも思惑はあると」

「・・ひっく」

「きっとヒカリは優しいから。私にしたことをとても気に病んでいるだろう」


 ここ最近の看護で触られることへの嫌悪感は既に無かった。ブンブン首を振りながら止まらない涙を懸命に拭い、しゃくり上げる。


「でも本当に気にしないで欲しい。これで私たちが貴女にしたことを、許して欲しいわけじゃない」

「?」

「確かに私は結構悲惨な目に遭った。貴女に全てを言えないくらいには」


 ふとエルがどんな表情をしているのか気になり、擦って下を向いていた視線を上げようとする。けれど頭を撫でていた手に軽く力が入り、上を向くことを阻まれた。


「けれど、だからと言ってヒカリが失ったものを返せないことには変わらない」

「・・・・っ」

「代わりを用意することも出来ない。償いもきっと本質では意味のないことだ」


 図星を言い当てられて言葉に詰まる。旅の仲間もお城の人たちもこの世界の誰もが、私の心を理解していなかったのに。一番憎かった筈の彼だけが、正確に私の心情を理解していたというのか。

 いくら謝礼を積まれても、どれだけ謝罪の言葉を重ねても、私の大切なものは戻らない。感謝を受け取ったら、謝られてしまったら、私はそれを許さなければならないのだろうか。何を取り繕っても、もう何も無いのに。


「だから貴女が復讐を望むのなら、私はそれを受け入れるよ」


 流れる涙をそっと拭われて、エルの顔をそろりと見上げた。その瞳には囂々と燃える感情があるのに、その顔はただ静かに微笑んでいる。そこには四年半前と同じ、魔王決戦前に私に見せた愛情の色があった。あんなに拒絶したのに、あれだけ痛めつけたのにまだその気持ちがエルに残っているとでもいうのだろうか。

 けれどそれを免罪符に、またあんな人間の尊厳を奪うような行為をしてもいいと言えるはずもない。今にもあの国に戻ろうとするエルを必死に止める。


「でもあそこまで酷いことは望んでない!」


 仕返しはしたかった。でも再びあんな姿になれなんて言えないし望まない。あれは私でも嫌悪する非人道的な行為だ。


「でも・・」

「絶対だめ!!」


 全て失えばいいと望んだのに、見つけた時のあの姿が脳裏に焼き付いて離れない。眠っている時、時々フラッシュバックを起こす彼を見ていられなかった。かつては剣と魔法を駆使して上級の魔物を倒す最強の勇者様が、スプーンすら持てない程に衰弱した姿。それは私の良心をなかなかに抉った。

 けれどだからと言って、今まで騙されたことへの恨みが消えた訳でもない。罪悪感と鬱憤がせめぎ合い、今でも私を苦しめる。


「・・復讐なんてしなければよかった」

「ヒカリ」


 エルはきっと私が何をしても責めないのだろう。そんな彼がなぜ私を騙したのかは未だ分からないが、旅や今回の事で彼の性格はなんとなく把握した。


「私は間違えた・・」


 あの日仕返しをしなければ、私は完全な被害者のままだった。全てこの世界の人が悪いと言うだけでよかったのに。


「酷いことをした。人としてやっちゃいけないことをした」


 片目の潰れた顔、棒切れのようなや痩せ細った体。様々な暴力が容易に想像できる傷跡の数々。今も目を閉じれば鮮明に思い出せる。直接手を出したのは私でなくても、あの状況に追い込んだ原因は間違いなく私だ。そう言う可能性を考慮しなかった私のせい。


「・・でも、それでも・・・・! 私の中の悲しさと悔しさが消えないの・・!!」


 自分は醜い人間だ。エルをあんな状態に追い込んだのに、まだ許せない気持ちが残っている。


「・・もう、エルに傷ついて欲しくない・・。でも、どうしても許せないの・・」


 罪の意識と行き場のない憤りがせめぎ合う。心の中はぐちゃぐちゃだ。


「・・どうしたらいいか分からない。もうどうしたらいいか分からないよ・・!!」




「ヒカリ」

「!」


 ぎゅっと抱きしめられる。


「それは違うよ」


 はらはらと涙をこぼす私に、エルは言いづらそうに頬を掻いた。


「私はね、ヒカリ。貴女と一緒にいたいんだ」


 脈絡のない言葉に思わずきょとんとする。エルはそう言うと静かに片膝をついて、私の手を両手で握った。


「けれど今の私では貴女の側にはいられないだろう。・・それだけのことを私たちはしたのだから」


 きゅ、形の良い眉が苦しげに眉間に寄せられる。


「だから貴女が私に罰を与えたいと言うのなら、喜んでそれを受け入れよう。何かを失えと言えばそれ以上のものを差し出そう」

「エル・・」

「地面を這えと言うのなら地に手を付いて、土すらも噛んでみせよう。この目を差し出せというのであれば四肢さえも持っていけばいい」


 夜中に時々震えているのに、またあの国へ戻るというのだろうか。そこまで彼を動かす理由は何だろう。


「けれど、けれどいつかは」


 まっすぐ私を見つめる視線が少し滲む。



「一緒に生きることを許してくれないか」


 その言葉で、彼がどうしてそこまでするかの理由を思い至った。もしかして彼が瞳に乗せるこの想いは、私が思っていたよりもずっと大きな気持ちだったのではないか。そう理解したその瞬間、私の感情が色々なもので溢れかえり、止まっていた涙が再び決壊する。


 そして同時に、視界が不自然な白に塗り潰された。










よかったら★★★★★評価でやる気を注入してくれると嬉しいです。

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