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【書籍化】<本編完結>これで満足しましたか?〜騙された聖女は好きな人も仲間も全部捨てたのに王子が追ってくる〜  作者: せろり
本編

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「・・治癒はしなくていい」

「エル!!!!」


 宿泊先のベッドに転移した瞬間、エルが目を覚ました。治癒魔法をかけようとしていた手を下され、困惑する。潰された瞳はまともな治療を受けていないようで膿んでいるし、それ以外にも沢山の傷が見える。おそらく服で見えない部分も傷だらけだろう。尋常じゃない痛みのはずなのに何故止めるのか。私はそれを無視して上級の治癒魔法を放った。


 きらきらと光魔法特有のエフェクトが光り、切り傷や擦り傷、骨折が治る。勿論無くした瞳も、元の綺麗なグリーンアイがそこに戻った。


「・・・・エル」


 祈るような気持ちで右手を両手で包む。先程のボロボロな姿は衝撃的すぎた。ある意味深い関係である知り合いのあんな変わり果てた姿は、日本育ちの私にはとてもショックだった。今までひたすらに避けてきた距離感を思わず忘れるくらいには。

 怪我は魔法で消えたものの、満足な食事ができなかったのだろうと察せられる痩せた体はそのままだ。魔王討伐の旅に出てた頃に怪我をした人に会ったことはあるけれど、ここまで酷い状態の人を見たことがない。


「・・・・っ」


 この世界で初めて見る人の悪意に震える。恐ろしいことは今までに他でもあったけど、ここまで純粋な悪はただただ怖かった。この国は奴隷制度なんて無かったから、それがこの世界の標準だと思い込んでしまっていた。

 外された右手を再度握り込み、そこにエルがいることを確かめる。


「・・ヒカリ、よごれ・・る、から」


 人が必死に嗚咽を噛み殺しているというのに、この男は私を気遣って手を離せと言ってくる。だいぶ衰弱しているのか、声は途切れて力も弱々しい。自分が酷い状態なのに、それでも私を気に掛ける様子に張り詰めていたものが千切れる。


「なん、でっ・・!!」


 とうとう耐えきれなくなった涙がボロボロと溢れた。何故ここまでする。何でここまで出来る。私は色々なものから彼を引き離したが、好きに生きればいいと言ったはずだ。力を封じたからと言って、言葉が通じないからと言って、彼がこんな状態になる筈がない。

 ・・ピアスは、自分で外せるのだ。


「なんで・・!なんでっ・・!!」


 意味のある言葉が出ない。


 人は醜い生き物だ。人から大事なものを奪っておいて、自分が正義なんだと平気でその泣き顔を踏みつける。


 謝ってたって内心保身しか考えていないんでしょう? 明日には私の事なんて忘れて笑って過ごすのでしょう? 美味しいものを食べて娯楽を楽しんで、明るい未来を生きていくのでしょう?


「ここまでするの・・!!」


 貴方だって旅の中でひどい怪我をしてまで国を背負ってた。私の罵倒すらも言い訳しないでただ受け入れた。貴方だけが悪いわけではないのに、私の悲しみを最後まで請け負った。


「ぅ・・っく・・・・」


 何故そこまでするのか。

 見ただけで分かる。きっととても酷いことを沢山されたはずだ。痛かったはずだ。心も体も傷付けられて、尊厳を他人に踏み躙られるのはどれほどの苦痛だろう。


「ごめ、なさいっ・・」


 思わず出たこの言葉。いくら謝ったって時間は戻らない。無かったことになんてならない。言葉でなんて償えない。それくらい酷いことをした自覚がある。


「ごめんっなさい・・!ごめっ・・!!」


 都合がいいにも程がある。繰り返すこの単語は私が他人に言われたくなかった言葉だ。それを今、私は簡単に口にしている。ただ申し訳なくて、でも無かったことにはできなくて。他になんて言えばいいか分からない。


 半年前のあの日、エルも同じような気持ちだったのだろうか。



「ヒ、カリ」

「エルっ」


 泣き喚く私に、繋がったエルの手がきゅっと私の手を握る。


「泣かない・・で」

「でもっ」

「こ、れは・・私が望んだ・・ことだから」

「・・?」


 そういうとエルはストンと眠りに落ちた。傷は治したけれど、体力が限界だったのだろう。


「・・・・」


 言われた言葉の意味を考える。けれどどれだけ考えても答えは分からなかった。


 エルは、もしかしてエルだけは。

 弟を奪ったあの人とは何か違うのだろうか。

 だって普通はここまでしない。


 暫くじっと彼の寝顔を見つめる。けれどいくら考えても答えが分からなかった。いつまでも分からない疑問を考えるのは無駄だ。私は思考を放棄した。

 エルの言葉の内容は理解できなかったけれど、とりあえず続きは彼に栄養を取ってもらってからだ。体力が回復したらこの疑問の答えを聞いてみたい。状態を見るに、しばらくは流動食を用意したほうが良いだろう。

 あの別れの日から初めて、エルに興味が湧いた。


 


 








***



「はい、口開けて」

「うん」


 あれから数日後、奇妙なことに私とエルは一緒に暮らしていた。たまになんとも言えない気持ちになるが、今回の件は完全に私に非がある。直接私が害を与えた訳ではないけれど、力を取り上げエルが罪悪感から私の要求を拒否できない状況に追いやったことについては私のせいだ。

 同じ目にあえ! と復讐するつもりであの国に送り出したが、あそこまでされることは流石に望んでいなかった。それについては私の読みが甘かったせいだ。あの日のエルの有様を思い出すだけで、罪悪感に潰れそうになる。


「また暗い顔になってる。あれは自業自得だからヒカリは気にしないで」


 空気を読むことにも長けているこの王子様は私の心の機微が分かるようで、こうやって落ち込むと慰めてくる。けれどその言葉通り受け取ってはいけない。あれは忘れてはいけない私の罪だ。


「・・エルは自分のせいって言うけど、元はと言えば私が原因じゃん」


 今はもう外しているけれど、魔力と体力を奪うアイテムを付けたのは私だ。今までの常識も言葉も通じない国に放り込んだのも私だ。あの国に奴隷制度があるなんて知らなかった。でもわざとじゃ無かったなんて言い訳にならない。


「うーん・・でも私にも思惑はあったんだ。だから本当に気にしないでいいんだよ」


 それでも困ったように笑うエルに泣きそうになる。けれど彼の優しさに付け込んではいけない。エルは最近やっと一人で起き上がれるようになったのだ。それにまだ一人では歩けない状態なほど弱っている。潤む瞳を叱咤して、私は何でもないように会話を続けた。


「思惑って何」

「・・秘密」


 言葉を濁す彼に私は口を閉ざす。私は罪悪感から遠慮して、深く聞き出すことは出来なかった。けれど気を使われる状況に苦い気持ちが広がり、暫くじっと見つめていたが、エルは誤魔化すように曖昧に笑うばかり。


 私の復讐の行方。エルに何があったのか。私たちは再会してからその話題について、何もお互い触れていない。ただ看病する側とされる側として、意味のない会話をしてただ同じ空間を共有している。

 時々無性に叫びたくなる気持ちが湧き上がるが、その理由は考えないようにして有耶無耶にする。それに対してエルはただ嬉しそうに過ごし、それ以外はまだ体力がないのか一日のほとんどを寝て過ごしていた。


「さて、体を拭く時間です」

「!」


 再会してから一切不満も言わず責めもしない。ただ微笑む彼になんとなくムッとして、お湯に浸して絞ったタオルをエルに掲げた。するとエルはサッと俊敏に反応し、布団を頭の天辺まで引き上げて顔を隠した。


「・・・・」

「あ!」


 それを無言で引き剥がし、仁王立ちする。


「さっさと上脱いで」

「・・・・うう」


 本人が思っているよりエルの体の状態は酷かった。怪我は魔法で治したが、失った筋力や体力は自力で取り戻さなければならない。再会したとき鶏ガラ同然だった彼は脂肪だけでなく当然筋肉を失っており、スプーンを握る動作さえ腕がぷるぷるしてしまうほどだった。当然風呂に入れるわけもなく、体を一人で拭うこともできない。多少の動作はできるようになったけれど、途中で疲れ果ててしまう程だった。


 それに意外だったのだが、エルは自分の体臭を気にする割に、私に体を清められることを異常に恥ずかしがる。確かに見つけた時は何日も風呂に入れてない状況だったので饐えた匂いがしたが、その時はそれどころでは無かったので気にしていなかった。その後自分の拠点に連れ帰り、十分に睡眠を取らせご飯を食べた後、急に気にし始めたのでシャワーを勧めた。が、歩ける体力すらなかったのでホットタオルを用意して体を拭こうとしたら、めちゃくちゃ嫌がったのだ。


 旅の途中で指を無くしたり背骨を折られたり、奴隷となって目玉を潰されていた時でさえ泣き言一つ言わなかったのに、初めて逃げようとした彼に目が点になる。王族とか貴族って身の回りの世話されるのに慣れてるものなんじゃないの? そんな攻防はあったけれど羞恥より清潔さの欲求の方が勝つらしく、最終的には身を任せる。流石に全部はさせてくれないしやらないけれども。

 それでも多分初めて見たであろう彼の赤面は貴重だった。本人には言わないが。








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