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〜とある王都の商人視点〜
ここ最近、王都の空気は暗い。
「魔王が倒されてからまだ四年しか経ってないのにねえ」
隣りの果物屋の店主が愚痴る。
「しょうがねえ。第三王子様が行方不明なんだ」
五ヶ月前、第三王子のエルドレット様の行方が突然分からなくなり、少しでも情報を持つものは城に連絡するようお触れがあった。第三王子様といえば、王族にもかかわらず俺たち国民を守るために、何度も最前線で魔物と戦ってくださった方だ。そんな方が何かの事件に巻き込まれたとあれば、国中に激震が走る。
第三王子様は膨大な魔力を持つお方だが、魔王が生きていた時はそれでも毎回命懸けだった。有名な魔法使いが魔物との戦闘で死んでしまう事なんて珍しくない。魔力が少ない平民の俺たちなんて、魔物と遭遇したら百パーセント死ぬのが当たり前だった。
それなのにあの方は俺たちを守るために魔物の目撃情報があれば、その度に自ら馬に跨って駆けつけてくださった。時には間に合わない事もあったが「すまない」と言い、尊いお方が俺たち草民のために手を土で汚し、一緒に墓を作ってくださった時には涙が出たものだ。
そんな第三王子様がみんなに好かれない筈もなく。行方不明と聞いた当時は、全員がこぞって捜索に向かい町が空になるという事件が起きた程だ。しばらくみんなで王子様の捜索に当たっていたが一週間、一ヶ月と見つからず、目撃情報も一切ない。さすがに仕事を何日も放置するわけにもいかず、一斉捜査は止まったがそれでも休みの度に何人もの人が第三王子様を未だに探すほどだった。
それほど、俺たちはエルドレット様に感謝している。
「・・もう客は来ねえな。店仕舞いだ」
この通りにある店は夕方以降は客が来ない。ここ五ヶ月ほどそういうサイクルになっている。
「また行くのかい?」
少し呆れ気味に言いながら、隣りの店主も店の片付けを始める。
「ああ。お前もだろ?」
「まあねえ」
この街にエルドレット様に恩がないやつはいない。みんなが文字通り命を助けてもらった恩がある。俺も横の店主もそうだ。第三王子様の捜索は城の騎士が行っている事は全員知っている。俺たちが徒歩で行ける距離にもう何も情報がないのも分かっている。けれど何かをせずにはいられないのだ。尊い方が命を懸けて何度も俺たち平民を守ってくれた恩を俺たちは忘れていない。
「前のやつらが戻ってくるまでに準備終わらせるぞ」
「わかってるよ」
五ヶ月前からこの街は暗黙のルールがある。通りごとに買い物する時間が決まっている。仕事する時間が区切られている。そのルールは必ずしも守らなければならないものではないが、全員が黙って従っていた。
エルドレット様がいなくなったと通達を受けた日、街が無人になったことについてさすがに役人に怒られた。けれど全員がエルドレット様のお力になりたいと譲らない。そこで譲歩されたのが時間制だ。さすがに町の防衛上無人にするわけにはいかないので、通りごとに時間を区切って仕事と捜索に使う時間を分けられた。勿論これは義務ではないので守らなくてもいいのだが、みんなが従った。
「王族の方々は体壊してなければいいが」
一番恩義に感じているのは直接関わりのある第三王子様だが、俺たちはエルドレット様のご家族である王族の方々にも敬意の念を抱いていた。彼の方々と直接お会いした事はないが、魔物が襲撃した際の損害の補償や緊急治療院の迅速な手配、内政の節々に我々平民を思いやってくださっているのが分かるからだ。
「王妃様はお倒れになったそうだ」
「・・仕方ねえさ」
そんな誇らしい我が国の王家の方々は、家族愛が強い事で有名でもある。他国では政略で冷え切った関係であることが当たり前との噂を聞いた事があるが、うちの国では想像できない事だ。きっと俺たち以上に第三王子様をご心配する気持ちは大きいだろう。けれど国政が止まったことはない。本当はエルドレット様の捜索に全てを捧げたいだろう。けれどこの国の王族の方々は、我々民の事も大切にして下さるから、思うままに動けないのだろう。
「だから俺たちが探すんだ」
しんみりした気持ちを切り替えるように、隣りの店主が気合いを入れる。
「そうだね! さっさと片付けて今日こそ何か情報をみつけるよ!」
長い間暗い空気を纏う街に、明るく振る舞う店主を見て久しぶりの笑みが溢れた。
「そうだな。せっかく魔王がいなくなったのに、いつまでも暗い雰囲気じゃもったいねえよな」
四年半前の幸福な記憶を思い出す。街には色とりどりの紙吹雪が舞い、みんな泣きながら歓声を上げ続けた。
魔王は倒され、魔物は弱体化した。もう死と隣り合わせの日々に怯えなくてよいのだ、と。
毎日死の恐怖に震え、大切な人の安否を心配する底なしの怖さを過ごす日々は終わりを告げた。明日も家族が欠けずにいられるようにと願う日々は終わったのだ。
俺たちが救われたように、王族の方々も安心して頂きたい。心血を注いでくれた彼らに、俺たちも恩返しをしたいのだ。
「そういえば」
懐かしい幸せな光景を思い出し、新たに決意を決めて歩み始めれば、隣りを歩く店主がふと今疑問に思ったというように、ぽつりと一言こぼした。
「聖女様のご家族は、どうされているのだろうか」
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