25
「エル。・・エルドレット。あなたには死んでもらいます」
「貴女がそう望むなら」
そう言ったのは半年前。
数日前王様と会話した後、返事は保留となり今はとある国のホテルに滞在している。感情を取り乱していたがそこは腐っても王様。
私の提示した条件は、この国が持つ聖女召喚の一切の情報を破棄すること。この行為は世界の存続を否定することを意味し、国家を超えて世界の問題へと発展するため簡単に返答はできない。そこは議会で結論を出すと言われたが、それは想定内だったのでその場を後にした。
定期的に魔王によって危機が訪れるこの世界において、この無理難題はおそらく却下されるだろう。聖女召喚は毎回違う国が行う。次はこの国ではないから尚更発言力は低いだろう。消したとしても、既に人の中にある知識や他国に散らばる情報は消すことができない。けれどそれで構わない。本当は聖女召喚なんて二度として欲しく無いけれど、それよりも私と同じ気持ちを王様に味合わせたいだけなのだ。だから結果がどちらに転んでも、私としては上々だ。
何も疑問に思わず帰れないと言った王様に仕返しをしたかった。この騒動は何の力もない私の、幼稚な八つ当たりでしかない。
「・・・・」
ぼんやりとベッドに寝そべり、半年前に決別した王子様との会話を思い出す。
彼は今、生きている。
***
「このピアスを付けて」
「ああ」
あの日、私は王子様に死を願った。何も聞かず是という彼に若干驚きつつも、私は今まで稼いだお金で購入していたアイテムを王子様に渡す。聡い彼は瞬時にそれが何か分かったようだが、何も言わずに装着した。
「どう?」
「体が重い。魔力も使えなくなっているね」
「そう」
その効果に満足し、頷く。彼に渡したのはデバフのピアス。この世界にはステータスを高めるアイテムがあるように、逆に下げるアイテムも存在する。本来何に使うのかは知らないが、私が今回買ったのは魔力を封印する力と身体能力を低下させるアイテムだ。結構な値段だったが、これくらいしないと主人公級の能力を持つこの男には意味がない。私が王子様に願うのは文字通りの死ではないのだから。
「貴方はとても頭がいいし、剣の腕もいい。魔法も強いし大抵なんでも出来る」
「褒められているのかな」
そう、彼はとても要領が良い。でも私が今回やろうとしていることは、それは邪魔なのだ。
「私はこれから、貴方を貴方の国と全く親交のない遠い島国に飛ばす。言葉も通じず、常識も違う。今まで積み上げた剣技も魔法も使えない状態にして、そこに何も持たせず放り出す」
私の意図を理解したのか、王子様は困ったように笑った。
「それは・・甘いんじゃないのかな」
「貴方はそこへ送ったらもう二度と会いに来ないで。貴方は死んだものと考えて一生そこで暮らすといい」
死んでもらうと言ったけど、本当に殺すわけではない。死んだことにするのだ。そもそもそんな残酷なこと、私には出来ない。魔物を殺すことは出来るようになったけど、人殺しの業を背負うなんて真っ平だ。私はこんな人たちのために手を汚したくない。けれど仕返しはしたい。
「貴方の親には半年間、貴方の安否は一切教えない」
それは私がこの世界に落ちて、魔王を倒すまでと同じ期間。
王様たちは私の家族と同じ思いをさせたい。そして王子様には私と同じ思いを。今まで積み上げてきた努力と技術、培った人間関係、抱いた夢。全て失えばいい。
「そしてその後は王様の態度次第で安否を知らせる」
王様はあの無理難題な交換条件を呑むだろうか。まあ謝らなければ一生教えないだけ。もし実行したとしても答えは一つ。
「エルドレットは死んだ、と」
本当は生きているけれど、それは伝えない。
私は、私と同じ気持ちを味わって欲しい。これが私なりの復讐方法だ。
私のその言葉に、王子様は一瞬息を止める。悲しげに目を伏せて、それが我々王家への復讐なんだねと呟いた。けれど軽く息を吐くと悲しみはその瞳から消え、覚悟を決めた顔つきになる。そして小刀を取り出しそれで切った髪の毛を一房私に渡した。
「これを使うといい。髪はその人独特の魔力を纏う。見る人が見れば、これが私のものだと分かる筈だ」
もう少し迷うかと思ったがすんなりと頷いた王子様に少しだけ戸惑う。この反応は予想外だったが、私はその動揺を咄嗟に隠してそれを受け取り、紐で纏めて小箱に入れた。それを見守った王子様はそれ以上何も言わず、立ち上がる。
「さあ、お別れだ」
私が詳細を言わなくても、聡い彼は私が何をするか分かったのだろう。私が王子様だけでなく彼が大事にしている周りの人に対しても復讐することを。けれど、彼は私に何も言わなかった。
ただ悲しげに、そして愛おしげに目を細めて手を差し出す。
「・・・・」
私は王子様やその周りの人たちにこれから酷いことをする。私もこの国の人たちにされたことと同じことをやり返す。そこに正義はなく、ただの自己満足だ。復讐は私の正当さを打ち消し、私もこの国の人たちと同じところまで落ちるだろう。
でもやるしかない。理不尽を受け取るだけなのは、もう嫌だ。
だって私は知っている。
人は、本当の意味で反省なんてしない。
問題を起こした直後は必死に謝る。そこに多少の罪悪感はあるのかもしれないが、本当の意味での謝罪では無い。あるのは自分が犯した事への後悔と、自己保身だけだ。被害を受けた側の気持ちなんて理解出来ないし、数日で忘れてしまう。覚えていてもたまに思い返す程度。自分たちは被害者の心の痛みなど知らないで、数日後には笑って生きていくのだ。
だから私は腹の底が読めない形だけの反省なんて、最初から求めない。失ったものを返せないのなら、私が直接罰を下すだけ。これは烏滸がましいのかもしれない。けれど神なんて存在しないのだから、私が私の方法で決着をつけるのだ。
「・・手を」
私の今まで培った力が役に立たなかったのと同じように、王子様が努力して積み上げた知能と武力を取り上げた。私の常識が通じなかったように、一切情報のない閉鎖された未知の国へと放り込む。私が一人きりであったように同じく一人で。
そして私の安否を知らない家族と同じように、それを王子様の家族にも暫くは一切知らせない。その間、家族思いの王様や王妃様は悲しみに暮れるだろう。
流石の王子様だって、一般人以下並に能力を封じたのだから苦労するだろう。これから送る国は言葉すら全く違うのだ。とても離れた距離にある国のため、情報すらも持っていない筈だ。国の保護もなく、金もない。人脈もなければ能力も使えない。きっととても苦しい思いをするだろう。
不意に旅の中で何度も守ってもらった過去が蘇り、苦い気持ちがほんの少し胸の奥に広がるが、目を閉じて今までのことを思い出す。
奪われたもの。やりたくもないことを見せられたこと。されたこと。そして初めて抱いた愛しさを裏切られたこと。・・やはりどうしようもない怒りが湧いてくる。言い表したくない感情も燻ってはいるが、それ以上に許せない気持ちが大き過ぎるのだ。
・・みんな私と同じ苦しみを味わえばいい。
「さようなら」
ただ純粋な復讐心だけが胸にあればよかったのに。
複雑な感情を感じながらもそれに目を瞑り、長年鍛え上げられた硬い手のひらの感触を振り払うように、私は王子様を辺境の異国へ転送した。
ーーそうして、半年が経った。
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