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きらきらと光を反射する淡いブロンドヘアに、ガラス細工のような透き通った薄い緑色の瞳。

色素薄めの色合いは整った容姿にとても似合っていて、会話する度に本当に生きた人間なのだろうかと失礼なことを思っていた。


さすが異世界と思っていたけど、お城で過ごしたり旅に出たりする内に彼が特別美人過ぎただけだと知る。

みんなこの世界の人たちは髪と瞳の色がバリエーション豊かだけど、あのレベルの美しさを持っているのは彼ぐらいだった。


そんな人外的美貌の王子様が、もう3日間ずっと我が家の玄関の前に居座っている。


「・・・・・・」



あの日、王子様がいきなり現れた日、私は彼を避けまくった。

答えは明快、会いたくなかったからだ。


4年ぶりの再会に思わずカッなったけど、何しにきたんだというのが率直な感想だった。

目が合ったのは一瞬だが、宝石のような瞳は複雑な色を携えながら真っ直ぐに私を見つめていた。


こんな他国の田舎に王子様が聖女の家の玄関に立っていたのだ。偶然なはずない。私に何か用事があるのだろう。

でも何も聞きたくなかった。


謝罪されるのか、再会を喜ばれるのか。それとも新しい頼み事だろうか。


いずれにしても全部お断りだ。何を言われても苛立ちしか感じないと思う。

会話をして元の世界に帰れるとかなら話すけど、そんなはずがない。

だからその日から、私は徹底的に彼を避けた。


「・・・しつこい」


なんだかんだで彼は王子様だ。第3王子という身の上ではあるが多忙であることは間違いなく、放っておけばそのうち帰ると思っていた。

が、強大な魔王を討ち滅ぼした勇者でもある彼は粘り強かった。


初日は控えめにノックされていたけれど、完全無視を決めこむとそのうちノックはされなくなった。

けれどあれからずっと玄関前にいる気配がする。そのため私はドアを開けることが出来ず、外に用事がある時は転移魔法を使わざるを得なかった。

本当は家ごと転移して引っ越しできればよかったのだが、そこまで魔法は便利ではない。

転移して外から玄関の様子を確認したい気がしたが、相手は曲がりなりにも勇者。絶対気配に気づかれるので止めておいた。


そんなお互い姿は見えないけれど気配はずっと感じているという奇妙な生活がもう3日続いている。

今も変わらず玄関前に彼の気配があり、ここまでしつこいと再会時に抱いた怒りとは別の種類のイライラが溜まってくる。

ストーカーか。元の世界だったら立派な犯罪者である。


一緒に旅をしてた時、外で座る時はさっとハンカチを敷いてくれ、ご飯の時は必ず最初に取り分けてくれ、初めて訪れるダンジョンは必ず私の前を歩いてくれるという紳士ぶりだった。

みんなにとっても過酷な旅だったのに、彼は常に私を気遣いどこまでも優しかった。

それなのに今、こんなに嫌がってますという態度を全力で表現しているのにこの異様に付き纏う様は一体どうしたのか。彼らしくない。


「はぁ」


ため息を吐いて過去のことを思い出す。

元の世界でも私は流されやすい性格だった。

思う事があってもそれを言えず、余計な諍いを避けて波風立てず日々平穏に過ごすことを吉としていた。

嫌われるより良い子だと思われていたいし、進んで誰かの悪口を言って傷つけることもしたくない。

結果八方美人となり、職場ではよく上司に頼まれた仕事は断れず残業が多かったのは苦い思い出だ。


そんな消極的な性格はこの世界に来ても変わらなかった。

聖女として召喚された後も、優しくしてくれたお城の人や旅の途中で出会った人たちに嫌われたくなかった。だから慣れない生活や魔法の特訓など、とても大変だったけど頑張った。

魔王討伐の旅は本当はとても怖くて嫌だったけど、沢山の期待を乗せた視線の中では断れなかった。


だって、嫌だと断って嫌われてしまったら。

何も知らないこの世界で私はどうなるの?


常識も知らず、頼れる知り合いも何も無いこの世界で。

要求されたことは全て頷くしか、私は自分を守る術を知らなかった。


「まあ、今思えばブラック企業の社畜以上の扱いだったよね」


あの時は気づけなかったけど、今思えばこういう要求だ。

”元の世界の大切な人、今まで培ってきた勉強や仕事、これからの未来も夢も全部問答無用で人質だよ!

それを取り戻したいならさっさと魔法という力を身につけて、命を賭けて魔王を倒してね!”

ということだ。なんという脅迫。


面倒見てもらったり、申し訳なさそうにありがとうとお礼を言ってくれたけど、そんなの冷静に考えれば私が失ったものの対価に全然釣り合わない。

そもそも召喚されてなかったら今まで通り普通に暮らせたし、さらに言うなら生活基盤はこちらの世界の方が文明が遅れているので所々で不便を感じるくらいだ。マイナスしかない。


同情するなら金をくれってこういうことか。お礼とか謝罪なんかより元の世界に返してほしい。

4年前は王様たちは悪く無い、しょうがなかったんだと思い込んでいたが、あの国を離れてしばらく経つとあれ理不尽だったよねということにやっと気が付いた。


前は未知の世界に放り出されるのが怖くて、なんで私がそんなことをやらなきゃいけないのと思っても言えなかった。

知らない世界で知らない人のために知らない生き物と生死をかけた戦いなんて、本当はやりたくないし怖くて逃げ出したかった。

こんなに頑張って世界のために働いたのだから、きっと返してくれると信じて過酷な旅にも耐えてきたのに。

信頼してた人たちはそんなことは言ってないと、最後の最後にそう言った。


「すまん」というたった3文字で、私の努力と未来を奪って勝手に終わらせたのだ。



未だ扉を隔てた先にある気配に視線を向ける。

あの様子だと帰還できる方法が見つかったという知らせでは無いだろう。


「何がしたいの・・」


再度ため息をついてベッドに寝転ぶ。今更本当に何の用だ。

謝罪されてもそれは何も意味は無いし、再会を喜ぶ気持ちも無いし、もし頼み事があるのならどんな神経なのか疑うだろう。

4年前に感じていた信頼は失望に変わり、何も話す事は無い。


けれど何となく分かっている。

お城での生活や旅の中で彼はいつも誠実だった。

王子様という身分で本当は問答無用でこのドアをこじ開けることは可能なのに、決して無理矢理押し入ってこないのが彼なのだ。


この家のドアは木製で上半分は曇りガラスを嵌めた造りになっている。

誰かお客さんが来たらその曇りガラスに影が映るので、誰かが玄関に立つとすぐ分かるのだ。

でもその曇りガラスはここ3日間人影は一度も映らなかった。けれど気配は変わらずずっとそこにある。


つまり、彼はずっと私の家の前で跪いているのだ。


「はぁ」


私が彼らにされたこと。それは決して赦されることじゃないし許すつもりも一切無い。

たまにふと思い出してしまってイライラが溜まった時は何度も妄想の中で顔面にパンチを入れていた。

再会した直後は怒りの気持ちでいっぱいだったけれど、何日もやんごとなき王子様が田舎街の路上で跪いていると思うと、少しばかり居た堪れない気持ちになる。

この同情を引くやり方が彼らの得意技らしいので憎たらしい気持ちも同時に発生してはいるが。


まあずっとそこにいられても迷惑だ。

田舎の人口は多くないので毎日患者が来るわけでは無いが、いつまでも居座られると営業妨害である。

そう言い訳を心の中で呟きながら玄関に近づき、一呼吸置いてから扉を開けた。


ハッと息を呑む微かな音が目の前から聞こえる。



「・・・いい加減じゃまなんですけど」


久しぶりに開いた扉の先に柔らかく光を弾く金髪が見える。

想像通り、彼は片膝を付き首を垂れていた。この国の正式な謝罪のポーズだ。

それを認識した瞬間、3日前に感じたものと同じ激情が走った。



「・・・ヒカリ、」


おずおずと震える声で呼ばれた私の名を聞いた瞬間、心臓と鼻の奥が鋭い針に刺されたような痛みを感じると同時に勝手に体が動いていた。



ーーズザアアアァァァ


それは散々イメトレしていた拳ではなく、それ以上の威力を発揮する回し蹴りを私は王子様にお見舞いしていた。

とてもきれなフォームを描いたそれを彼は無抵抗で受け入れ、結構な距離を飛んだ後しばらく動かなかった。






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