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「・・そんな。魔王は我々が作り出していたというのか・・?」
王様に渡したのは王子様と一緒に行った魔王城から持って帰ってきたものに私が翻訳を追加したものだ。それは私たちが倒した魔王がかつて人間だったときに書いた日記。そこには最初は彼女のこの世界に召喚されたときの日常に始まり、途中で知った魔王の真実、そして彼女が調べた今までの歴代の聖女たちの記録が記されていた。
彼女自身にも色々あったようだが長くなるので割愛する。重要なことは、あの日記には魔王が誕生する仕組みが書かれていたことだ。かいつまんで言うと、魔王とは聖女の成れの果ての姿らしい。聖女が死ぬときに、少しでも元の世界を懐かしむと魂が召喚された日からピッタリ百年後に魔王化し、具現化する。当然その魔王は光属性の浄化魔法でないと倒せないため、新しく聖女を召喚する必要があるとのこと。なお聖女召喚の魔法陣については詳細が未だ判明していない。
召喚された者が例え未練がないくらい幸せになったとしても、死ぬときに少しくらいは望郷の念を感じるものだろう。むしろ人生の最期に一切過去を振り返らないというのは無理な話ではないだろうか。当然この仕組みは私の一つ前の聖女が解明するまで、歴代の聖女達も知らなかったのだから当然の結果でもある。そのため何度も魔王が生まれ、そして新しい聖女によって倒されるというサイクルが、この世界で延々と繰り返されていた。それがこの世界の魔王と聖女の真実ということらしい。
「きっと最初は奇跡だったんだろうねぇ」
「・・・・」
「それを見つけてしまった国で召喚したのが、最初の魔王なんでしょうねぇ」
「・・・・」
「確かにこんな非道なことされれば”こんな世界滅びてしまえ!”と思っても当然だよね」
「・・・・」
「私はここまで酷いことはされてないけれど、問答無用で誘拐されて、命懸けの魔物殺しを強要されて、挙句元の世界には返せませんって全てが終わってから言われたなあ。詐欺だよねぇ」
「・・・・」
「私にもあっちの世界で努力して積み上げてきたものとか未来とか、親とか友達とかいたのに。全部もう無いなあ」
「・・・・っ」
「私もこの世界が憎いなあ」
「・・ならどうすればよかったのだ!!」
日記を持つ手を震わせながら私の言葉を静かに聞いていた王様が、怒鳴る。連日あまり眠れてないのだろう。前見たときよりも痩せた体、落ち窪んだ眼下。きっと安否の分からない息子の心配をしているのだろう。けれどそれを見ても私の攻撃的な気持ちは収まらない。
私は元の世界に帰りたい。理由はたくさんある。けれどその中で一つ、絶対に譲れない理由があった。
・・この人になんて絶対に言わないけれど。
「毎日国民が死んでいたんだ! 城で顔を合わせていた騎士や魔術師を毎日天に送っていた! 親を亡くし飢える孤児たちの政策に奔走して! それでも状況は悪くなるばかり!! それでもまた愛する息子を戦場に送り出さねばならぬ私の気持ちが分かるかっ!!」
いつも穏やかながらも威厳ある王様の姿はそこにはなかった。ただ理不尽な現状に苦しむ一人の人間がいる。
「それに私だって・・!!」
「・・?」
「・・・・っ」
何かを言いかけた王様は咄嗟に唇を噛み、言葉を呑み込んだ。
内容は興味ないので気にならないが、自分を律する自制心の強さには少し感心した。
「・・・・」
城にいたとき、使用人のみんなが口を揃えて言っていた。この国の王様をはじめ、王族の方々は全員愛情深い。私たち下々にも心を砕いてくださる素晴らしい方々だ。家族間の仲も他国に比べて非常に良好で、微笑ましい。だから我々もこの国に尽くすのです、と。
確かに王子様の行方を心配し過ぎて病的な様は、子を心配するただの親の姿でしかない。直接自分が探しに行きたいけれど、それでも政務を止められない。王様だから。王妃様も心労で倒れ、兄王子も仕事の合間を見つけては、必死に弟の安否を探っていると噂で聞いた。
「・・ねえ」
でも、でもそれならさ。
「なんで、その気持ちをあなたたちも持っているのに。私の家族の心配はしてくれなかったの?」
「・・・・っ!!」
気付けば涙が溢れていた。平然とした態度を気取ったけれど、やはり抑えきれなかった。
「私にも、心配してくれる家族がいるんだよ・・?」
私がどうしても元の世界に戻らなければならない一番の理由。それは家族が心配だからだ。この目の前の王様のように。
私がいなくなってから、きっと父親は多くを語らない。けれど言葉にならないくらい私を心配しているだろう。母親も王妃のようにきっと倒れる程、いや倒れても私を探し続けていることだろう。兄も兄で家族思いの優しい人だから、悲しみにくれる両親に余計な心配をさせまいと辛さは見せずに家族を支えているはずだ。私の家族はそういう人たちなのだ。
この世界に来てもう五年も会っていないけれど、それが安易に想像できるほど私は家族に愛されている自信がある。だからこそ、帰れないと言われたときは絶望した。私も悲しいがそれ以上に、私の大切な人たちはきっと私を見つけるまで探し続ける。私のせいでずっと区切りのない苦しみを背負い続けるのだ。
「なんで私たちを巻き込むの?」
「・・・・っ」
静かに一筋の涙が溢れる。
「私にも王様やこの国の人たちと同じで家族がいる。私を心配している人たちがいる。きっと王様みたいに具合が悪くなるくらい私を探してる」
一つ涙が溢れると、ダムが決壊したかのように次から次へと涙が溢れる。ぽろぽろとこぼれる涙を気にせずに、あの日謁見の場で聞きたかった質問を投げかけた。けれど王様はその質問に答えず、眉を下げ唇を噛むだけだ。
「私は生きていると伝える手段すらない。私は私が失ったものを悲しむより、私のせいで私の大事な人が苦しんでいることが何よりも辛い」
あの時と同じ無力な自分に胸が痛む。
「もう・・こんな思いはさせたくなかったのに・・!」
すると突然王様が床に膝をついた。
「すまない、すまなかったっ・・!」
そのまま震えながら額を床に擦り付ける。それは王族はもちろん、貴族ですら取らない体勢だった。
「謝って済むものではないと分かっている」
声が揺れている。顔が地面についているから表情は見えないが、多分泣いている。
「でも、それでも・・! エルの安否を教えては貰えないだろうか!!」
「・・・・」
「エルは無事だろうか! 私はどうなってもいい、息子だけは助けてくれっ・・!!」
そんな必死な姿を見て昂っていた感情が少し冷静になる。一つ深呼吸をし、必死に息子の命乞いをする王様に私は冷たく一言放った。
「安否を知りたいなら、私の条件を呑むしか無いと言ったでしょう?」
「しかしそれは私の権限ではっ・・!」
「ならば王子様の安否は教えない。私と私の家族と同じように苦しめ」
「・・・・っ」
私はもう同情だけで動かせる心優しい聖女様じゃない。情報が欲しいなら私の交換条件を叶えるしかない。例えそれがこの世界の禁忌だとしても。それが他国全てを敵に回すような事だとしても。そんなことは私たちに関係ない。それだけのことを、あなたたちは私たちにしたのだ。
「召喚されてから五年間ずっと、そしてこの世界で死ぬまで。私はきっとこの感情に苛まれ続けるだろうから」
さて、その涙は全てと引き換えになる程の重さなのだろうか。
「同じだね」
私は濡れた瞳のまま、意地悪くニィッと笑った。
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